15話《切り刻まれる弱い自分》
「何度言えばわかるんだい……」
「それはこっちの台詞だよ。何度も言わせないで」
頭を抱える椎葉と、恐怖を必死に抑えながらも鋭く椎葉をみる歌恋。
互いに譲る気持ちは変わらない。椎葉や歌恋が言いやったところで、現状が変わることはない。一般的に見れば、歌恋の方が正しい考えを持っている。だけど、椎葉にとっては自分の考えが間違ってるだなんて思ってもない。歌恋と椎葉は平行線上に立っている。
だけどただ一人だけ、この状況を打破できる人物がいる。歌恋に守れながら、壁と彼女の背に挟まれ、ビクビクと怯えるルミは、目の前にある背中に掴みそうになりながら、二人の様子を見ていた。
「春宮さん、僕の側に来て。大丈夫、君に何かするつもりはないよ」
「先輩……」
「神薙さんは勘違いしてるんだ。僕は春宮さんを傷つけるつもりはないよ。君は何も心配しなくていい。僕に任せれば、君は幸せになれる」
にっこりと笑みを浮かべる椎葉。不安げな表情を浮かべるルミは、自分を守る歌恋を見る。だけど彼女は振り返らない。
俯くルミ。彼女は奥歯を噛み締め、グッと拳を握りしめると、歌恋の背中から体を出して、彼女の前に立つ。
「ルミ?」
「椎葉先輩……」
「お礼なんていいよ。さぁ、僕のそばに……」
「ごめんなさい」
椎葉の言葉を遮るように、ルミは頭を下げて謝罪した。言われた椎葉はもちろんだが、歌恋も驚いた表情を浮かべる。
「先輩の、気持ちには答えられません」
「な、何を、言って……」
「私には好きな人がいます」
言われた椎葉、聞いていた歌恋は息を飲む。当然自分だろうと、椎葉は聞くつもりだったが、不思議とそれを聞くことができなかった。その時の彼女は、いつもの気弱な表情も仕草もなく、まっすぐに椎葉のことを見ていた。
「先輩の気持ちはすごく嬉しいです。けど私は、先輩じゃない、別の人が好きなんです……」
「どうして……なんで、僕じゃ!」
「私は、先輩の考えてることがわかりません、したいことがわかりません」
「そんなことあるはずない!僕は君の気持ちがわかる。僕たちは!」
「先輩の作品は好きです。考え方も興味を惹かれます。私にとって椎葉先輩は尊敬できる先輩で、恋心を抱いているわけではありません」
「そんな、はずは……」
現実を受け止めることができない椎葉は、一歩、また一歩と後ろに下がり、その場に膝をついた。
ルミは椎葉と同じように彼の前で膝をつき、彼の持っていたカッターを手にし、奥にある、彼が描いたルミの裸体の絵の前に立った。
「春宮、さん……」
「椎葉先輩……これ以上何かやるというなら、流石におおごとにしないといけません」
ザクッ! ザクッ、ギシ……ザクッ!
手にしたカッターでキャンバスを力いっぱい切り刻む。二人はその様子を、唖然と見ていた。
息を荒げながら切り刻まれたキャンバスを見つめるルミは、呼吸を整え、振り返って椎葉に笑みを浮かべた。
「言いましたよね、先輩の絵は好きだって。だから、これからも絵を描き続けてください」
手にしていたカッターを椎葉に渡すと、ルミは歌恋の手を握り、いまだに唖然とする彼女を見つめる。
「先輩、こっちです」
「え?」
ルミに手を引かれ、歌恋は教室を出て行く。
扉が閉まると同時に、椎葉は二人の輪から切り離されてしまい、一人、美術室に座り尽くした……。




