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夏の向日葵  作者: 暁紅桜
第1章_夏のバイト
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6話《知っていた》

「先輩」

「んっ、どうした? あぁここ間違ってるぞ」

「えっ……こう、ですか?」

「そうそう、それであってる」


 その日、歌恋かれん夕月ゆづきに勉強を見てもらうために、照りつける太陽の下を、教材の入ったカバンを背負って彼の家へと足を運んでいた。

 前日の夜に、明日は時間があるからと急遽バイトの報酬を支払ってもらうことに。当然、その日だけというわけではなく、とりあえず1回目として歌恋はやってきた。


「で、どうした?」

「いやですね、最近ルミともだいぶ仲良くなったんですよ」

「みたいだな。いつの間にか名前呼びだしな。何があった」

「女の秘密ですよ、先輩」


 少しからかい気味で笑って答える歌恋。あの日から、二人はよく話すようになったし、休みの日も出かけたりするようになった。ルミは、歌恋を姉のように慕い、歌恋はルミを妹のように可愛がっていた。


「なんか妹ができたみたいで嬉しいです」

「別に、後輩に嫌われてるわけじゃないだろ、お前は」

「そうですけど……あくまで後輩は後輩。妹とか、弟とか思えないです」


 後輩たちは歌恋のことを慕っていた。ずば抜けて実力があったわけではないが、彼らは彼女の人間性に惹かれていた。先輩らしく慕われ、だけど結局それだけというわけだ。


「ルミはなんだか、可愛くて仕方がないんですよね」

「んー、実の兄からしたらそうでもないけどな」

「えぇー、あんなに可愛いのに」

「可愛くないだろ。すぐに機嫌悪くなるし、プリン食ったら怒るし」

「それは先輩が悪いと思います」


 歌恋は再度ノートに目を向けるが、ふと、手が止まって考えた。もし、自分が夕月と付き合う……結婚まで行けば、ルミは実の妹とになる。それはなんて幸せなことなんだろうと。

 好きな人と結ばれて、可愛い妹ができる。想像しただけで、笑みが溢れてしまう。


「何ニヤニヤしてるんだ?」

「ん? 幸せな未来を想像してました」

「ふぅーん。で、それは叶いそうか?」

「さぁ?どうなんでしょうね」


 一瞬だけ夕月の顔を見た歌恋は、小さくため息をこぼす。二年間思い描いている光景。夕月と手を繋いで笑い合う、幸せなもの。夕月と両思いになれる瞬間を。


「はぁー……とりあえず二教科終わったぁ……」

「お疲れさん。お茶飲むか?」

「頂きます」


 テーブルの上の教材をそそくさと片付けると、テーブルに冷えたお茶と、アイスが置かれた。


「これは?」

「今朝買ってきた。安心しろ、ルミの分はあるから」

「では、ありがたく頂きます」


 苺味のカップアイス。軽く体温で溶かして、スプーンで掬って一口口に運んだ。


「んーっ! おいひぃです!」

「幸せそうだな、お前は」


 幸せと言われれば確かにそうだ。冷たくて甘いアイスと、好きな人が目の前にいるんだ。これで幸せじゃないなんて言えない。


「好きだなぁ」

「何がだ?」

「えっ! いや、な、なんでもないですよ。独り言です」


 思わず声に出てしまい、それを夕月にきかれて、慌てて独り言だと口にした。

 チラリと夕月に目を向ければ、じっと歌恋のことを見ていた。ドキッと胸が高鳴り、歌恋は顔を赤くして俯いた。


「なぁ歌恋」

「は、はい……な、なんですか?」

「お前さ…………——————————俺のこと好きだろ?」


 それはあまりにも強い衝撃だった。ドンッ!と勢いよく頭を殴られたかのような衝撃。

 恐る恐る顔を上げれば、先ほどと変わらない夕月の顔がそこにはあった。


「……ぃつ、から……」


 それが、今出せる歌恋の精一杯の言葉だった。それ以上は、胸が苦しくていうことができなかった。気持ちに気づかれたという恥かしさ……期待していいのかという緊張で、耳を塞ぎたくなるほどに、歌恋の心臓が激しく動く。


「ずっとだよ、ずっと……」


 そのたった少しの言葉で、過去の映像が電光石火のように流れた。ずっと夕月のことを見ていて、やっとの思いで話ができて、それからずっと声をかけて、見て、夕月と距離が近くなった。いつからかはハッキリと夕月は答えてくれない。だから歌恋の頭の中では、あの時か、あの時かと、その瞬間を探った。探ったが……。


「知ってて、なんで今回の件を、私に頼んだんですか?」


 気づいていたのならわかっていたはずだ。なのにどうして、と……歌恋は俯いたまま夕月の言葉を待った。震える手を、必死に抑えながら。


「あの場で言ったことは五割は本音だ」

「……後の五割は?」


 お互いに、顔を見ることはできなかった。夕月は目を逸らしながら、申し訳なく思いながら口を開く。




「俺に下心があるから、絶対に断らないって確信があったからだ」





 気がついたら、歌恋は夕月の頬を叩いていた。

 気がづいたら、涙を流しながら教材を片付けて鞄を手にしていた。


「あ、歌恋先、ぱ……」


 気がついたら、家を出ていた。


「ひっ、ひっぐ……ぅ、うぁ……」


 気がついたら、泣きながら家に帰っていた……。


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