11話《恐怖》
「椎葉……?」
「別に、僕は否定されたいわけでも、正して欲しい訳でもないんだよ。僕はね、ただもう抑えられないんだよ、神薙さん」
「んグッ!」
強く、押し込むように椎葉は歌恋の口を左手でおおうと、制服のポケットから、一本のカッターを取り出した。それを見た瞬間に、これからされるであろう事に歌恋は酷く怯えた。
「気持ちが悪いんだ。体の中にある感情が、行き場のないこのモヤモヤと苛立ちが……これは、きっと君がいなくなる事で解消されるんだよ」
「んっ!んグッ!」
「彼女のことがずっと好きだった。なのに、彼女のそばには君がいて、僕がしたいことをさも当然のように、なんの悪意もなくやってる」
「ふっ!」
首筋に感じる冷たい刃の感触。そして、少しだけピリリと感じる痛み。
必死に抵抗しても、彼を押しのけることができない。ただ恐怖に怯えながら、歌恋は必死にもがき続ける。
「写真を切りつけて満足できないなら、君を切りつけるしかないよね」
「んっ、んグゥっ!」
「君が悪いんだよ。僕から春宮さんを奪って、汚して……大丈夫、君が心配していることは何もない。これは全部、彼女のためだから」
ゆっくりと、刃の出されたカッターが上に登って行く。
歌恋は涙を流しながら、ギリギリまで必死に抵抗した。遠くから聴こえる蝉の鳴き声と運動部のかけ声は、平和そのものだった。絶望的なその現状には、あまりにも冷たすぎる音だった。
「言っただろ。彼女を汚した君に、絶望を与えるって」
椎葉には、もうどんな言葉を投げかけても無駄な気がしていた。彼は自分自身しか信じていない。だから、これからやろうとしている行為にも、悪意などは全くない。
「神薙さんとはもっと仲良くしたかったよ。こんなことがなかったらね」
「ふっ……ングっ!ふ」
「じゃあ、バイバイ」
あまりにもあっさりとした言葉と声音。激しく心臓が動き、恐怖で歌恋は目を閉じる。
「やめて!」
勢いよく扉が開き、この場の誰でもない、愛らしい声が苦痛の声をあげた。
突然のことで放心状態の二人は、ゆっくりと出入り口の方を見た。
椎葉の体から、歌恋の体からどんどん力が抜けていき、じっと、息を荒げる彼女の姿を見つめる。
「ルミ……」




