10話《間違えが尊い》
「今日、君が一人で来てくれて嬉しかったんだ。さすがの僕も、あの場面を見てしまっては我慢ができなかった」
そっと、キャンバスの上のルミの体に触れる椎葉。その表情は相手に愛しさを感じ、高揚しているようだった。
「バレているとは思わなかったが、それはそれで好都合だよ」
「どういう、意味……」
「二度と春宮さんとは関わらないで。話すことも触れることも。夏休みに入る前と同じ、全くお互いを知らない先輩後輩に」
それは、歌恋が望んでいた現状だった。あの日を最後に、彼女はルミとの関係を最後にすると決めた。連絡もとらず、会いにいくこともしなかった。
だけど、他人に告げられ、強要されるのはとても腹立たしいことだった。
「さもないと、匿名で学校掲示板にこの写真を貼ることになる」
「っ!」
「不思議だよね。男女のこういう写真なら、みんな普通の光景に見えるけど、同性だと差別されてしまう」
何も言い返せない。差別、までは言わないが、歌恋もその関係を周りが受け入れるとは思っていなかった。
「でもね、僕は気持ち悪いだなんて思わないよ」
「え……」
「むしろ、違和感はなかったし、神薙さんが春宮さんを好きだとわかっても、不思議に思わなかった」
あまりにも意外すぎる言葉だった。歌恋も思わず目を丸くしてしまった。しかし、椎葉は「けど」とそのまま言葉を続けた。浮かぶ表情は、歌恋に対しての憎悪だった。
「だから尚更妬ましかったんだ。周りから認められることのない二人が、周りから認められるはずの僕よりもお似合いで、幸せそうで、僕の欲しいものを君は手に入れていた」
目に見えてわかる。彼の心が、もっともっと黒くなり、もっともっと歪んでいくのが。いつもの優しい彼とは、真逆の姿だった。
「どうして君なんだ!僕じゃなくて、まだ出会って一ヶ月の君が、なんで僕の欲しいものを持っていたんだ!悔しいよ、妬ましいよ!部屋に貼っている彼女の写真じゃ満足しない。何度も何度も君の写真を切りつけても満足しないんだ!」
狂乱している彼は、胸の内に押さえ込んでいた感情を、叩きつけるように吐き出していた。ただただ怖いと感じていたが、歌恋は徐々に、椎葉が可哀想に思えてきた。
「椎葉は、道を間違えたんだ」
「……はぁ?」
息を荒げ、ゆっくりと顔を上げる椎葉。自分を見下ろし、哀れむような表情で自分を見下ろす歌恋に驚き、そのまま尻もちをついた。
「ルミはね、人見知りで、異性が苦手だけど、嫌いなわけじゃないの。ゆっくり、少しずつ接してあげれば、椎葉も私ぐらい話せたんだ」
相手に寄り添うように、歌恋は椎葉の側により、彼と目線を合わせる。
「もうやめよう椎葉。あんなの、間違ってる」
手を差し出し、写真を渡すようにいう歌恋。うつむく椎葉は、ゆっくりと写真を歌恋に渡そうとする。
だけど……
「え?」
気がつくと、視界の中に教室の天井が見え、冷たい目で見下ろす椎葉の姿があった。




