9話《冷たく黒く歪んだ感情》
「違う?どうして?僕と神薙さんの好きは同じ恋愛的な好きでしょ?それに違いなんてないよ」
「あるよ。言ったでしょ、椎葉のそれはひどく気持ちが悪いって」
顔を歪ませ、睨みつけるように彼を見る。
椎葉の好きは、最初に歌恋が言ったように、一方的なものだ。相手のことなど考えてない上に、相手も絶対に自分が好きだという勝手な妄想を抱いている。自分の感情の押し付け。
「ルミが、どれだけ怖がってるかわかる?」
「怖がってる?そんなことないよ」
「どうしてわからないの?誰かに四六時中見られてるなんて、そんなの怖に決まってるでしょ?」
「怖いなんてありえない。だって、僕と春宮さんは運命で結ばれてる。愛し合う運命なんだよ」
その表情は何か確信があるものだった。そして、続けて椎葉は歌恋に「君にはわからない」と言った。
「彼女と僕は互いに分かりあえてる。絵の好みも、感性も。僕と彼女は一緒。才能なんてどうでもいい、彼女は僕の理解者。そして、彼女も僕の理解者だ」
演説するように、高々と語る椎葉。そして歌恋に、また彼は哀れむような目を向ける。
「まぁそうだよね。君には何もないから、理解なんてできないよね。やりたいことも何もなくて、ただなんとなく、好きだった相手と同じところに行く」
グサグサと突き刺さる椎葉の言葉。それに、歌恋は言い返すことはできない。
「確かに君のいう通りだよ、僕の感じる好きと君の感じる好きは違う。君のそれはあまりにも中途半端だ。拒絶されるのが嫌で、結局は逃げてしまった」
歌恋に背を向け、彼は先ほど途中で描くのをやめたキャンバスの前に立つ。
「僕と君とじゃ覚悟が違うんだよ。僕は本気で彼女が好きだ。声が聴きたい、触れたい、ずっと見ていたい。汚れのない、真っ白な、キャンバスのような彼女を」
エアコンの風で揺れるカーテン。そして、彼のキャンバスにかかっていた布が煽られ、そのまま地面に落ち、絵がその姿を現す。
「ぇ……」
「美しいだろ。僕の想像でしかないけど、結構忠実に描けてると思うんだ」
愛おしげに、椎葉はキャンバスに触れる。だけど、歌恋はその絵に怯えていた。
「タイトルはね、【愛しい百合】っていうんだ。ぴったりだろ」
そこに描かれていたのは、周りにたくさんの百合の花が散りばめられた白いベットの上で、生まれたままの姿で横たわる、ルミの姿があった。




