8話《暖かなピンク色の感情》
「なんで……」
力なく手が離れていき、歌恋は一歩、また一歩と後ろに下がった。
「言ったじゃないか。いつもみてるって。花火大会の日も、君たちのことをずっとみてたよ」
いつもの笑顔のはずだった。だけど、その時はその表情が恐ろしいものに感じた。足が、手が震え、吐き気がこみ上げてきて、今にも泣き出しそうだった。
だけど……。
「だったら、なんだって言うの」
わずかに身を引いていた体を前に出し、まっすぐな瞳で椎葉のことを歌恋は見た。
「確かに、自己満足と陶酔行為だと思う。そんなことわかってる、だから私はあの日を最後に決めた」
これ以上、下心を抱いたまま、ルミと一緒にいることはできなかった。夕月の時とは違う、抱いているこの感情を、歌恋はいけないものだと思った。ただ側に居られればいいなんて、そんなことができるはずがなかった。側にいればいるほど、欲張りになっていく。それが怖かった。初めて抱いた《執着心》。それを感じ取ったときに、歌恋は思い出した。
【欲望って、一番汚いものだと思うんです】
今まで抱いたことがなく、羨ましいとさえ思った激しい欲望。だけど、それがわかった瞬間に体は、心が苦しくなっていった。
ルミに名前を呼ばれるたびに、触れるたびに、心の奥底にいる欲望が体の中で暴れまわる。抑えられなくなりそうで、怖かった。
「ルミには笑っていてほしい。怖い思いをしないで、いつも笑顔でいてほしい。だから私はルミの前からいなくなった」
グッと胸の前で手を組み、もうずっと聴いていない、見ていない、大好きな彼女の姿を頭の中に思い描く。
「私はルミが好き。大好きで仕方ないよ!」
そんな純粋な思い、感情を持っている歌恋に対し、向かい側に立っていた椎葉は、哀れむような、どうでも良さそうな、なんとも冷たい目を向けていた。
「そんなこと知ってるよ。こんなことまでしてるんだ、今更言わなくてもわかってるよ。君も僕と同じ……」
「違う!」
彼の言葉を遮るように、激しく言葉を発する。
「違う……私のこの気持ちと、椎葉のそれを、一緒にしないで……」




