4話《花火の残り香》
「…………」
歌恋が実家に帰省している頃、クーラーの効いた涼しい自室で一人、ルミはぬいぐるみを抱え、ベットの上に置かれたスマホとにらめっこをしていた。
花火大会の日にキスをされ、告白をされて、その日を境に会うことも連絡を取ることもできなくなった。
夕月にバイトを辞めるという連絡があった時、ルミは歌恋に連絡した。返ってきた文章は【ごめん】という短い文面だった。
「先輩……」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ、無意識にポツリと口から言葉がこぼれる。
その時、扉が軽くノックされ、向こう側から夕月の声が聞こえる。昼食ができたと言われ、ルミはそれに答えて部屋を出た。
リビングに入り、テーブルに置かれたオムライスを一瞬見た後、出入り口近くの水槽に近づく。
「ご飯だよー」
花火大会の日に、歌恋がくれた二匹の金魚。昔、父親がメダカを飼っていたが死んでしまって使わなくなった水槽を使用している。
それぞれ名前に《クオン》《シオン》と名付けた。黒いほうがクオンで、赤白の方がシオンである。
「おーい、冷めるぞ」
「あ、うん」
慌てて席に着き、夕月とルミは手を合わせて、昼食をとり始めた。
「また連絡待ってたのか?」
「……うん」
「気にしても仕方ないだろ」
「でも、こっちから連絡しても返信ないし……待つしか……」
「それで、きたのか?」
ルミは黙り込む。彼のいう通り、待ったところで歌恋からの返信は帰ってこない。何度もスマホの電源を入れたり、光るたびに確認しにいく。
「……本当に、花火大会の日、何もなかったのか……」
「……うん」
喧嘩するようなことはなかった。ただ、あったというならキスと告白。だけど、それを夕月にいうことはできなかった。
「まぁ、あいつも何か思うところがあったんだろ。元々は……バイトを辞めても、バイトとしてじゃなくて、純粋にお前のために行動するだろ」
「じゃあなんで連絡ないの?」
「気持ちの整理だろ。少しは待ってやれ」
だけど、ルミには待つというのは少し不安に感じていた。もし本当にあの事が原因なら、自分はどうすればいいのか。
「あの……兄さん」
「ん、なんだ?」
ルミは花火大会の日のことを話そうとした。だけど、言いかけたときに、ルミは口を閉じた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
言えない。歌恋に告白とキスをされたと、夕月にはどうしてもいう事ができなかった。相手は同性。しかも、元々自分の兄を好きだった相手だ。
「ごちそうさま。私、部屋にいるね」
「おう。あっ、お盆明けはバイトないから、学校まで送れるぞ」
「わかった、ありがとう」
食器を流し台に置き、ルミはそのまま自室に戻った。




