1話《夏の音》
けたたましい蝉の鳴き声。無機質な扇風機の音、耳に心地いい風鈴の音。それらが一度に耳に入っては、逆側から出て行く。
畳の上で、ただ死んだように横になり、開かれら襖の向こう側。縁側でお茶お飲む祖母の背中の先、庭に咲く向日葵と、入道雲が浮かぶ夏空を、歌恋はただぼーっと眺めていた。
現在歌恋は、父方の実家へと遊びにきていた。お盆の三日間はいつも遊びにきており、明日には他の親戚もやってきて、一種のお祭り騒ぎになる。
「暑かねぇ」
「ん……」
宿題も終わり、特にやることがなくて、家についてからはずっと、薄暗い和室で、扇風機の生ぬるい風を浴びていた。
「お勉強はどげんね」
「んー……ぼちぼちかな」
「そうね……歌恋も今年で高校も卒業やね」
ゆっくりと話す祖母に、ぼーっとした意識の中では、うまく返答ができず、冷たい回答になってしまっていた。
「おばあちゃん、そこ暑くない?」
「暑かよ?でも、お日様浴びると気持ちよかよ」
「そっか……」
「歌恋」
「ん?」
「なんかあったとね?」
「……別に、何もないよ」
ズズズとお茶をすすり、祖母は小さく「そうね」と言って、それ以上は聞いてはこなかった。
「歌恋は将来、なんになるとね?」
「わかんない」
「やりたいことはなかとね?」
「おばあちゃん、さっきから質問ばっかだね」
将来やりたいことなんてものは、今の歌恋にはない。何もないから、この大学に行きたいというこだわりもない。
「でも最近、楽しいことはあったよ」
「ほぉー、それは良かったのう」
「けど、この前それもやめちゃった」
「なんでね。楽しかったんやろ?」
「だからかな。楽しいが、苦しかった」
ルミとの日々は本当に楽しかった。胸がときめいて、もやが掛かっていた世界が、キラキラと輝いていた。だから、これ以上下心でルミに接することができなかった。だから、最後にしようとずっと思っていた。キスも、告白も、全部……歌恋にとっては、自分が苦しまないための行為だった。
「そうね。まぁ苦しかとなら仕方なかばってん、それでいいとね?」
「……わかんないよ」
祖母に背を向け、歌恋はゆっくりと瞼を閉じた。
暗闇の中、ルミの眩しい笑顔の姿が浮かび上がり、再び目を開いたとき、うっすら涙が浮かんでいた。




