8話《花火大会》
「りんご飴一つください」
花火大会の会場は人で溢れており、薄暗い住宅街を抜ければ、すっかり別世界となってしまった。
「おっ、お嬢ちゃんたちべっぴんさんだね」
「そんなことないですよ」
「姉妹かい?」
「いえ、学校の先輩後輩です」
「そうなのかい。ずいぶん仲良しだから、てっきり姉妹かと思ったよ」
ゲラゲラ笑うおじさんに歌恋はにっこりと笑みを浮かべる。ルミは人見知りが発生しており、彼女の後ろにすがりつくように隠れていた。
「そうだ。お嬢ちゃんにこれをやろう」
エプロンのポケットをガサゴソと漁ると、一枚の紙を取り出し、歌恋に渡した。
「たこ焼きの、無料券ですか?」
「息子の出店なんだ。もらったのはいいんだが、行けそうになくてな。使わないのも勿体無いし、お嬢ちゃんたちがよければ」
「いいんですか?」
「いいっていいって。息子によろしく伝えてくれ」
お店の場所を聞くと、屋台のおじさんに二人でお礼を言って、人の波に流されながら進んでいく。
ルミは繋いでる手とは逆の手でりんご飴を持ち、ぺろぺろと飴を舐める。
「ラッキーだったね。たこ焼き無料だって」
「お腹減りましたもんね」
「うん。けどたこ焼きだけでお腹たまるかなぁ……」
甘い物もいいが、歌恋もルミも晩御飯を食べていないため、お腹が空いている。食べ物の屋台は数多く並んでいるが、目につくのは甘いものばかりだった。
「ここかな」
教えてもらった場所にあるたこ焼き屋にたどり着くと、そこには若い男性の姿があった。大学生くらいで、頭に白いタオルを巻いている。
「いらっしゃい」
「あの、これ。向こうでお店出してるリンゴ飴のお店の人にもらったんですが」
無料券を男性に渡すと、ちょっとだけ顔が歪んだ。歌恋は慌てて事情を話すと、男性は「全く親父のやつ」とため息交じりで呟いた。
「悪いな、うちの親父が」
「いえ、平気です」
「ん?」
その時、男性の視線が歌恋から外れ、彼女の背中に向けられた。そこにいるのは、さっきと同じように、しがみつくように隠れる、ルミの姿だった。
「君……もしかして、夕月の妹?」
「え、お兄さん、先輩の知り合いですか?」
「あぁ。同じ大学の友達だよ。ん?先輩って……もしかして君、歌恋ちゃん?」
見知らぬ男性に名前を言い当てられ、歌恋は思わず声をあげて驚いてしまった。
「あはは、驚かせてごめんね。二人のことは、よく夕月から聞いてたからさ。だから」
男性は、にっこりとした笑みを浮かべて、歌恋にビニール袋を差し出した。中には、たこ焼きが二パック入っていた。
「友達の後輩と妹なら、大サービスだ。二人分、ただにするよ」
「え、そんな悪いですって」
「気にすんな。その代わり、かしは夕月に払ってもらうから」
腕を組み、歯を見せるような満面の笑み。彼の顔とたこ焼きを見比べ、歌恋は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
それを見たルミも、慌てて歌恋の隣に立って頭を下げる。
「あ、ありがとう、ございます」
「いいって。熱いから気をつけて食べろよ」




