4話《心への別れの言葉》
「すごいですね」
隣に座っていた慎也が夕月の姿を見ながら、隣に座る歌恋に声をかけた。
「もったいないです。あれだけの腕があるのに高校でやめるなんて」
「そう、だね……」
昔、歌恋は一度だけ聞いたことがあった。彼は弓道に執着があったわけではなかった。だから、彼は簡単にやめることができた。その時彼女は、才能があるのにもったいないと口にした。きっと将来的にすごい選手になる。だけど彼は苦笑いを浮かべながら言った。
【俺はお前が羨ましいよ】
その言葉の意味は今でもわからなかった。だけど今日、彼の射形を改め見て思った。彼が羨ましいと。
彼だけじゃない。椎葉にも、慎也にも、ルミにも。
才能……何かに没頭できる人が、歌恋は羨ましかった。
「歌恋」
名前を呼ばれて顔をあげると、夕月がこちらに手招きをしていた。立ち上がり、彼の側に来ると、道場の外を指差した。そこには、じっとこちらを見つめる椎葉と、ムッとした表情を浮かべるルミの姿があった。
「俺ばっかり引いてて、妹様がご不満だ」
「先輩の方が絵になりますよ」
「馬鹿野郎。あいつが撮りたいのはお前だろ。俺は付き添い」
歌恋は額に痛みを感じた。デコピンをした夕月は「リラックス」と小声で言って後ろに下がった。
しんっ。とあたりが静まり返る。風が吹いて木の葉が揺れ、歌恋の肌を優しく撫でる。
道場の外、ルミがこちらを見て口パクで「頑張ってください」と言った。自然と笑みが溢れ、歌恋はまっすぐに的を見る。
弓道に未練はない。もともと才能なんてものはなかった。だからこれが最後。本当の意味での、自分へのけじめ。
長く、しっかりと安定した美しい会。じっと、先にある的を見つめる。さっきに比べると彼女の頭の中はクリアだった。体には余計な力は入っていない。緊張も、変に着飾ろうと思う気持ちもない。《自然体》。そんな言葉が頭に浮かんだ。歌恋自身でもわかるほどに、今の状態はとてもいいものだった。
「さようなら」
あたりに響き渡る弦音と的を射た音が耳に心地よく響いた。そして、歌恋の中の未練は消え去った。




