2話《片思いの相手》
「いらっしゃいませ」
学校を出て十数分。街の中にあるファーストフード店に足を運んだ歌恋は、とりあえずお昼ご飯として適当に何か注文をした後、商品を手にしながら店内をキョロキョロする。
「あ、歌恋! こっちこっち!」
店の奥、私服姿の男性が歌恋に手を振って呼んでいた。ドキッと胸が高鳴って、少しだけ顔を赤くしながら歌恋は駆け寄った。
「すみません先輩お待たせして……」
だけど、そんな高鳴った気持ちは一瞬にして落ちていった。
彼の隣に、小柄な女の子がいた。歌恋と同じ制服の女子生徒。誰?と内心思いながら、歌恋はじっと彼女を見ていた。
「まぁまぁ座れ。あぁ、先に飯食っていいぞ。腹減っただろう」
「え、あぁはい。じゃあ失礼して」
誰だろうと思いながら、歌恋はその女子生徒を見ながら食事をする。彼女は時々顔を上げて歌恋のことを見るが、小さく悲鳴あげて、男性にすり寄って俯く。
彼女だろうか……そんなことを思いながら、ものの数分で商品をたえらげた。
「いやぁ、相変わらずいい食べっぷりだな」
「女性の食事しているところをじっと見るのは、どうかと思いますけど」
「ふぅーん。がさつで、男の着替えを見ても動じないやつが、女性ねぇー。口も悪いくせに」
「うっさいです。それで、要件はなんですか」
チラッと女子生徒の姿を見た後、視線を彼に向ける。
慎也からのお昼のお誘いを断ってここにきたのは、彼からメールが来たからだ。
春宮夕月。歌恋が高校一年の時、弓道部の部長をしていた、二つ上の先輩。今は大学二年生だ。
そして、歌恋の想い人だ。
惚れたきっかけは、本当に些細なことだった。弓を引く姿がとても綺麗だったからだ。それからは、ずっと先輩のこと見てきた。そして、頑張って話しかけて、頑張って女子部員で一番仲がいいというところまで上りつめた。だけど、結局夕月が卒業するまでに告白はできず、当然今も告白はできてない。けど、こうやって呼ばれるのは嬉しかった。都合のいい人間と思われても良かった。それで、少しでも夕月の側に居られるならと、歌恋は満足していた。
だけど今隣に、彼女かもしれない子がいる。もし本当に彼女だったならば、歌恋はもう夕月を好きでいることを諦めようと思った。
早く、早く彼女を紹介してほしい。それでやっと自分は、諦めがつく。自分の心臓の音が大きく、速度が上がっていくのを感じながら、歌恋は夕月の言葉を待った。
「まずはこいつを紹介するな。こいつは俺の……」
ゴクリと唾を飲み込み、強く目を瞑った。耳を塞ごうと、無意識に手が挙がるが、それをなんとか抑え込む。
「妹だ」
しばしの間、強く閉じていた目は、いつの間にか開いており、口もぽかんと空いてしまっていた。
「へ?」
そんなすっとんきょうな声も、無意識に出てしまっていた。
「なんだその間抜けな顔は。なんだと思ってたんだよ」
「いや……か、彼女かと……」
「俺にロリの趣味はな、って! 何すんだよルミ!」
「兄さんが、気にしてること言うから」
ここに来て、一度として開かれなかった彼女の口が開き、そこから紡ぎ出された声は、なんとも綺麗で心地いいものだった。思わず聞き惚れてしまうほどに。
「改めて、俺の妹の春宮ルミ。お前と同じ学校の一年Bクラスで、美術部員だ」
「……(コクリッ)」
「あ。あぁ初めまして」
頭を下げて挨拶してくるルミにつられて、思わず歌恋も頭を下げて挨拶をした。
「それでなんだが……お前、夏休みは予定とかあるか?」
「補修がありますけど」
「それ以外は?」
「特には……部活も引退しましたし」
友人との夏休みの予定も全くない。高校最後の夏だと言うのに、なんと寂しいんだろうと思ってしまう。歌恋は思わず苦笑いを浮かべて肩を下げる。
「そいつは良かった。なら、バイトしないか?」
「バイト?」
「そっ。本当に簡単なお仕事だ。しかもただ決まった日に学校に行くだけの簡単な」
ニヤニヤしながら言う夕月に、歌恋は眉を寄せる。ただ学校に行くだけでお金がもらえるなんて、そんなうまい話があるわけがない。当然、警戒するに決まってる。
「内容は?」
「あぁ。内容はシンプルだ」
夕月は隣に座るルミの方に触れると、そのまま自分の方に抱き寄せ、笑みを浮かべる。
「ルミの護衛だ」
「護衛?」
この人は何を言ってるんだ?と思っているのが顔に出ていたようで、夕月が一から説明してくれた。