3話《開館前の影の下》
「はぁ……あつぃ……」
早朝八時。歌恋はルミの家まで迎えに行き、二人は水族館へとやってきた。
休日ということもあり、駅前には人が溢れ、気温はいつもよりいっそう高いため、二人は開館するまで近くの日陰で待っていた。
歌恋は入口をチラチラ見ながら開くのを待つ。隣に座り込んでるルミは、ネットで水族館の情報を拾っているようだった。
日陰にいても外にいる以上、夏の暑さは感じる。額から汗が滲んで頬をつたう。喉も乾き、少しだけ視線を自販機に向けてしまう。
「ルミ、暑くない」
「えっ? 大丈夫ですよ」
「でも、汗かいてるよ。ちょっと動かないでね」
手持ちの換えのタオルを取り出し、歌恋はルミの汗を拭いてあげた。
「い、いいですよ。汚いですから」
「そういうのいいから。ほら、動かない」
軽く叱ればルミはおとなしくなる。暑さのせいか、ルミの顔はほんのり赤い。それを見て、やっぱり涼しいところにいればよかったと歌恋は後悔してしまう。
「暑いから仕方ないけど、気をつけるんだよ?」
「え?」
「折角可愛い格好してるんだから。汚れたら大変」
女の子らしい服装。歌恋じゃ、絶対に着ることはない、フリルのついた服やスカート。彼女の肌も白いから、本当に人形のように見えてしまう。
「あ、ありがとうございます。先輩もその、かっこいいです」
「そう?適当にパーカーとズボンだよ。スカートなんて、制服以外できないし」
「そんなことないですよ。先輩スレンダーでスタイルいいし。私はその……子供っぽいですから」
シュンッと落ち込みながら自分の体を見つめるルミ。だけど、その容姿は歌恋にとっては羨ましかった。自分がこれだけ可愛ければ、きっと夕月も好きになってくれた、と。
(あぁヤダヤダ。未練がましい。きっぱり振られてるんだ。諦めないと!)
「あ、先輩。開きましたよ」
ついに開館時間になり、炎天下の中で並んでいたお客さんが続々と中に入っていく。
「ホント。じゃあ行こうか」
「はい」
二人はそのまま水族館の方へと足を運ぼうとした。
(あっ……)
日陰から出ようとした時、歌恋はルミの手を取った。突然のことで唖然とするルミ。だけど、歌恋はにっこりと笑みを浮かべて歩き出す。
「人多いし、何かあったらダメでしょ」
「す、すみません……とろくて」
「そんなこと言ってないでしょ。ほらほら、楽しみにしてたんでしょ。閉館時間まで、見て回ろう」
「はいっ!」
互いに強く手を握り、二人は水族館へと入っていく。