2話《身に感じた恐怖》
「ただいまぁ」
夕方、夕食どきに夕月が帰宅し、ルミは少し慌てた様子で出迎えに向かった。
部屋の掛け時計に目を向け、歌恋はテーブルに並べていた道具を全て鞄の中にしまった。
「あれ、先輩帰っちゃうんですか?」
夕月と一緒にリビングに戻ってきたルミは、鞄を背をって立ち上げっていた歌恋を見て、どこか残念そうな表情を浮かべていた。
「ついでに食っていけばいいのに」
「こっちでばかりご馳走になると、母親が寂しがるので」
歌恋は今朝の母親とのやりとりを思い出した。
出かける時に夕飯のことを聞かれて迷っていると、母親が「そっかぁ……母さんのご飯なんて、もう食べ飽きたわよね」とブツブツ言っており、その後父が最近料理を褒めてくれないことにも愚痴を言い始めた。母親の機嫌取りも兼ね、今日のところは家に帰ろうと思っていた。
「んじゃあ玄関先まで送る。ルミ、飯頼むな」
「うん」
「いいでよ別に」
「いいから」
その声音は、どこか怖さを感じるものがあった。表情も、ルミには見えていなかったが、歌恋にははっきりと見えていた。何かを焦るような、不安を抱いているような真剣な目をしていた。
「気をつけて帰れよ」
家の柵の前で、夕月はそういうが、歌恋はすぐに言葉を返した。
「どうかしたんですか?」
「……明日、ルミと出かけるんだろ?」
「えっ、あぁはい。先輩からもらった水族館のチケットで」
「そうか。なら、ルミのこと守ってくれ」
「どういうことですか?」
目を逸らしながら、言うか迷う夕月。だが、無理やりここまで連れてきたのだから、しっかりと伝えないと思い、彼はゆっくりと口を開いた。
「また、写真入りの手紙が送られていた。内容は、「最近彼女と仲がいいね」だ。」
「え?」
「どれも、お前と一緒にいるときの写真ばかりだ」
心臓を鷲掴みにされるような感覚、頭を勢いよく鈍器で殴られたような衝撃が、歌恋の体を襲った。
ストーカーは確かにルミの周辺にいる。だけど、歌恋は恐怖を感じた。自惚れだと罵って欲しいほど、自分の考えを誰かに否定して欲しかった。
「大丈夫だ。あくまで、相手はルミを見てる。男ならともかく、お前は女だ。大丈夫だ」
夕月の手が、優しく肩をたたく。
大丈夫。その言葉を信じて、不安を抱きながらも歌恋は大きく頷いた。
「暗くならないうちに帰れよ」
「はい、お邪魔しました」
深く一礼をし、歌恋はその場を後にした。背負ったカバンのショルダーストラップを強く握りながら。