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夏の向日葵  作者: 暁紅桜
第1章_夏のバイト
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1話《 一学期終業式》

 春が終わり、梅雨が明けて夏本番。ギラギラと照りつける太陽は、肌を焼き、額から汗を滲ませる。

 一学期の修業式。全校生徒が体育館に詰め込まれ、外以上に熱気がこもる。その上、面白くもなく、代わり映えもない校長先生の言葉に、九割以上の生徒が飽き飽きしていた。


「あっちぃー……」

「早くおわんないかなぁ」


 ちらほらと聞こえる生徒たちのボヤキの声。

 立って聞いているから寝る生徒はいないものの、逆に立ちっぱなしというのも辛かった。

 まばらに聞こえる拍手の音。校長先生の言葉が終わって次のプログラムに移る。後どのくらいかかるだろうかと、数名の生徒は時計を気にし、数名の生徒は小声で会話をする。

 時間は、一日で考えればほんの一時間程度のことだった。だけど、生徒たちの体感時間は十数時間にもなっただろう。やっと修業式が終わり、生徒たちはそれぞれの教室に戻る。だが、今度は担任の言葉。そして一学期の通知表。数名が悲鳴混じりの声をあげ、数名が曇った顔。数名が喜びの表情を浮かべる。


「夏休みの補講もあるんだから、ちゃんとこいよ。受験生の自覚を持て」


 その言葉を最後に、今日の授業は終わり。数名の生徒が一目散に教室を出て行く。


歌恋かれん。帰りどこかよって行こう。お腹すいちゃった」

「ごめん、この後部活の引き継ぎがあって」

「え、まだしてなかったの?」

「うん。ちょっと忙しくてね。だからごめんね」


 友人に軽く手を振り、彼女は少しだけ足はやに教室を出て行く。廊下で話している生徒たちの横を通り過ぎ、二階に降りて、二年Aクラスの教室に足を運ぶ。すでにHRは終わっており、教室には数名の生徒が残ってる。


「ねぇ。高崎慎也たかさきしんやって、まだいる?」

「えっ、あぁ……慎也ぁー!」


 歌恋はちらりと、声をかけた男子生徒を見た後、教室の中に目を向ける。名前を呼ばれて、こちらを見ている男子生徒と目があい、軽く手を振った。彼は慌てて帰り支度をして、こちらへと駆け寄って来た。


「すみません神薙かんなぎ先輩。俺が迎えに行こうと思ってたのに」

「いいよ別に。呼んでくれてありがとう」

「えっ、あぁ……はい」


 歌恋はそのまま慎也とともに教室を後にし、その足で弓道場に向かった。

 弓道場は本校舎から少し離れた林の中に建てられていた。生徒たちが登下校する正門からは遠く離れており、人の声は全く聞こえない。聞こえるのは動物たちの鳴き声と、自然のざわめきのみ。


「あ、おつかれさまです!」


 数名の部員たちが二人の姿を目にして、挨拶をしてくる。歌恋は軽く手を振り、慎也は部員たちに指示を出し、そのまま奥の部室に足を運んだ。

 歌恋は前弓道部部長。そして、慎也は現弓道部部長。夏の大会が終わり、三年は引退。もちろん、歌恋も引退。これといっていい成績が残せたわけではなかったため、未練は全くなく、歌恋は秋まで残ろうとも思わなかった。

 部長の引き継ぎをしなければいけない、ということは思っていたが、なんとなく部活に足を運べず、今日まで先延ばしにしてしまっていた。


「ってところかな。わかった?」

「はい。先輩はホントに説明がうまいですね」

「褒めても何も出ないよ。じゃあ私は」

「あ、あの先輩!」

「ん?」


 さぁ帰ろう、と思って歌恋が床に置いていた鞄を手にしたとき、慎也が引き止めた。なんだろうと思って歌恋が顔を上げると、なぜか彼は顔を赤くさせてあたふたしていた。


「どうした?」

「え、あ……いや……お昼、よかったら一緒にどうですか?食堂ですけど」

「ん?あぁお昼ね。い……」


 そのとき、歌恋の声を遮るかのように、スマホにメールアプリの通知音が鳴った。軽く慎也に謝罪をして、歌恋はメールの内容を確認した。


「あの、先輩?」


 メールの内容を確認したまま動かない歌恋のことが心配になり、慎也は声をかける。


「ごめん高崎。私帰るよ」

「えっ……」


 どうして。と聞こうとしたが、慎也はそれが言い出せなかった。

 歌恋の顔がほんのり赤く、どこか嬉しそうな表情を浮かべ、口元を自身のスマホで隠す仕草をとっていた。その姿を見て、慎也は何かを察した。


「そう、ですか……すみません」

「ううん。補講で学校には何度か来るし、そのときにでも誘ってよ。顔も、なるべく出すから」

「……はい」

「高崎?どうしたの?」

「いえ、なんでもないです。ちょっと熱中症っぽいので、少し休みます」

「無理そうだったら、ちゃんと保健室行くんだよ」

「はい」


 少し弱々しい声で返答をする慎也。不安そうに彼の様子を見ながら、歌恋は部室を後にした。

 わずかに聞こえる、後輩に挨拶をする歌恋の声。遠くなっていく足音。耳に入ってくる音が、弓を引く音や後輩たちのわずかな声だけになってから、慎也は机に突っ伏した。モヤモヤとイライラ。悔しさと悲しさ。それらの感情に苦しみながら、それらをまとめた言葉を口から苦しげに吐き出した。


「くそっ……」



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