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ドッペルジェンダー

作者: エルリード

 俺はとにかく逃げた。


 何から?


 わからないよそんなの!


 ただ、俺の直感で一緒にいたらヤバイ、と思ったから逃げてるんだ。




 あの女から・・・。






 バイトの休みを利用してゲームやら漫画やらを大量に買い込み、貸しロッカーへ放り込んだ後、俺は腹を満たそうと適当な食い物屋を探して歩いていた。


 そして人ごみの中ですれ違った女性に違和感を感じて振り向いた時、その女性と目が合った。



 何だろう、この違和感は。


 そして目が離せない。



 女性がゆっくりとこちらに近付いてくる。



「こんにちは。あなた、カミシロ、アキラ・・・クン?」



 その声に背筋がゾッとした。


 会ったことの無い女性が何故俺の名前を知ってるんだ?


 それにこの眼。心の奥底まで覗かれそうなほどにみつめてくる。



「・・・あの、どうかしましたか?もしかして違いましたか?」



 再び聞こえた声で俺は我に返った。



「いえ、あの・・・、どこかで、お会いしましたっけ?」


「いえ、多分、初めて、ですよ?」



 その答えを聞いた俺はすぐ逃げた。


 ヤバイ。


 初めて会うのに名前を知ってるとか絶対におかしい。


 人ごみの中を走る俺はいろんな人とぶつかった。


 なんか文句を言われてるが、それどころじゃない。


 今は文句を言ってくる連中よりも、あの女のほうが怖い。


 人が少なくなったところで振り返ると、あの女は歩いてこちらへと向かってくる。


 一息ついて俺はまた走り出した。




 何度か振り返りながらも逃げ続け、俺は公園のベンチで休んでいた。


 平日の昼過ぎなだけに、人がいない公園。だがそれだけに周りがよく見えた。



「ふぅ・・・。あの女はいないな・・・?」



 辺りを見回し、ありえないと思いつつも座ってるベンチの下や、空を見たりもした。


 いや、それだけ怖かったんだよ。



「くそ、誰だあの女。少なくとも俺の知ってる奴じゃない。」



 思い返してみても思い当たらない。


 じゃああの違和感は何だ?テレビか何かで見かけた?


 仮にそうなら何で向こうは俺の名前を知ってる?


 しばらく考えたが答えなんか出ない。


 落ち着いてきたせいか尿意を催しトイレへ。


 そして用を足して手を洗い顔を上げると、鏡に映る自分・・・。



「あぁ・・・!!」



 バン!と鏡に手を置き、じっくりと鏡を見る。



「違和感の正体はこれか・・・!」



 鏡に映った自分。さっきの女。


 似てるんだ。


 もちろん男女の差はあれど、自分に似てるから違和感があったんだ。


 世界には自分に似た人が三人はいると言う。


 ただ男と女の差のせいで気付きにくかったんだ。



「いや待てよ?似てるのはいいとして、何で俺の名前を知ってたんだ?」



 違和感の正体はわかったが、名前を知っていた謎はわからない。


 腕を組みトイレから出たところで



「み〜つけた・・・!」




 俺は意識を失った。









 えっと、俺どうしたんだっけ?


 なんか横になってるよな。


 これ布団か?触り心地的にベッドに横たわってる・・・?


 ゆっくり目を開けると目に入ってくるのは白い天井だ。


 どこだここ・・・?


 なんか身体がだるい、というか重い。


 のしかかられてるような圧迫感を感じる。



「なんだ、掛け布団・・・じゃないな。」



 ん・・・?なんか声も変だな。


 圧迫感に逆らい、ゆっくりと上体を起こすがバランスを崩し横に倒れ、そして圧迫されていたはずの胸の部分に動きを感じた。


 ・・・今のは何だ?


 倒れたまま自分の胸に手を当て、その手に伝わる感触。


 文字通り俺はベッドから跳ね起き、バランスを崩しながらも立ち上がった。



「こ、これ・・・!!」


「あー、起きた?おはようー。落ち着いたら説明してあげるから今は好きなだけ騒いでいいよー?」



 男の声がしてそっちを見ると、ありえない人物がそこにはいた。


 自分は絶対に会うことの無い人物。会うことは無いが見ることは出来る人物。


 それは・・・。



「な、なんで・・・俺がそこにいるんだ!?・・・って何だこの声!?」



 自分の手を見る。


 記憶にあるものよりも細い指、腕。


 その手を動かし、視界に入っている自分の胸のふくらみを掴む。



「いっ・・・!」



 痛い。


 ちょっと驚きのあまりに加減を忘れて思い切り掴みすぎた。


 ・・・じゃなくて!


 これはもしかして、というか立った時になんとなく感じていた、いや感じなかった・・・。


 ゆっくりと股間の手を当てる。



「・・・マジかよ。」



 なかった。


 ベッドへと座り込み、少し考える。


 何だろう。妙に落ち着いてる?


 逆か、驚きすぎて何も考えられないのか?


 まぁとりあえずだ。



「なぁ、説明頼む。」


「おりょ?もっと取り乱すかと思ったんだけどずいぶん落ち着いてるねぇ。」


「いや、落ち着いてるんじゃなくて思考が止まってるんだよ。」


「なるほどねー。でもそのほうが助かるな。手間が省ける。じゃあ説明するけど先にこれだけは言っておくよ。キミと私、入れ替わってるから。」



 言われるまでもない。状況を見ればそれくらいはわかる。


 鏡を見たわけじゃないが、おそらく今の俺はあの時の女になっているんだろう。



「じゃあ改めて。私の名前はメイ=ドッペル。アキラクンはドッペルゲンガーって知ってる?」


「ドッペル・・・!おい、それって自分そっくりで見たら死ぬって言う・・・!?」


「そういう風に言われてるみたいだねー。ちょっと違うけど私、そのドッペルゲンガー。」



 顔から血の気が引くとか青褪めるって言うのはこんな感じなのだろうか。


 意識が無くなりそうな位の眩暈がする。



「ああぁぁ!待って、落ち着いて。違うから。別にキミを殺したりしないから!!」



 殺さない?何を言ってるんだ。


 ドッペルゲンガーは自分そっくりに化けた後、そいつを殺して成り済ます、って奴だろう?騙されるもんかよ!



「今キミは殺されると思っているようだけど違うからね?殺さないからね?むしろ大切に扱うからね!!」



 どういうことだ?殺して成り代わるんじゃないのか?



「嘘を、つくなよ・・・!現に今、お前は俺の身体をのっとってるじゃないか!精神を入れ替えて、俺に成り済まして・・・、ん、入れ替え?」



 あれ、『化ける』んじゃなくて『入れ替え』?



「それから、『ドッペルゲンガーは見たら死ぬ』って言うけ、そんなこと無いからね。確かに運が悪いとビックリして死んじゃう人はいるかもだけど・・・。」



 そういえばそんな話を聞いたことあるな。



「あーもーいいや!まどろっこしい話は無し!結論から言うと、私はキミで、キミは私なの!」



 わけわからん、どういうことだ?



「あー、わからないって顔してるなー・・・。私はね、キミの魂の一部が顕現した姿なの。キミ、子供の頃から誰にも言えない秘密の悩み、あるでしょ?」


「な、何の話・・・かな?」



 いやいや、そんな訳無い。知ってるはずが・・・。



「今の状況、驚いてるし怖いし訳がわからないけど、それと同時にどこか嬉しい気持ちもあるんでしょ?」



 心臓が止まるんじゃ無いか、というくらいに息がつまった。



「私はね、キミのその悩みから生まれた存在らしいの。私が生まれて、その話を聞いて、そして今日やっとキミに出会えた。」


「話をって・・・。誰から、そんな・・・。」


「神様。」



 思わず殴り飛ばしそうになるが、ギリギリ抑えた。よく耐えた俺!


 それはそれとして・・・。



「いや、待て。神様とかさすがに馬鹿にしすぎだろ?」


「馬鹿になんかしてないよ!ヒドイなぁ。ドッペルゲンガーの私は信じるくせに神様は信じないの?」


「お前の事は今この目で見てるから無理矢理納得してるだけだ!正直この後『目が覚めて夢でした!』とかの方がよっぽど真実味がある!」



 怒鳴る俺に頬を膨らませて睨みつける、ドッペルゲンガーを名乗る、メイ。


 それはともかく、俺の姿でそんな顔されても可愛くないし、むしろ殴りたいから止めてくれ。



「ふ〜ん、それじゃあ元に戻ろうか?結果として私は消えちゃうだろうけど、キミが信じてくれないなら私の存在意義なんて無いし。」



 肩を落としながら自分の足元にある荷物をガサガサしてる・・・ってあの荷物は!



「しょうがないかぁ。残念だなぁ。さっきも言ったけどキミの悩みから生まれた私は何に悩んでるか知ってるのに。そうかぁ。」



 そう言いながら荷物の中から何個かのゲームと漫画を取り出し、俺に見せ付ける。



「ま、待って。本当に、お前は俺の・・・?」


「そうだってば。キミの誰にも言えない、言ってない悩みを知ってて、それを叶えることが出来る存在。」



 子供の頃から抱き続けてた悩み、願い。そして絶対に叶わないと諦めつつも、ずっと心の奥でくすぶり続けてた想い、夢。


 それは・・・。



「正真正銘、キミのお姉ちゃん達と同じ、完全な女になれたんだよ?」


「うあああ!待って待って言わないで!!」



 恥ずかしい!!


 さっきの血が引く時とは逆に、顔が真っ赤になって頭から湯気が出そうだ!


 メイに見られたくなくて両手で顔を覆う。


 指の隙間から俺の前に置かれたゲームや漫画を見れば、それはどれも・・・。



「まぁ周りにはそういうネタが好きなんだ、程度には思われてるかもだけど、悩むほど本気に考えてる、とは言えないよねぇ。」



 そう、どれもTS物、性転換ネタのものばかり!



「なんで!なんで知ってるの!」


「もう、だから言ったでしょ。私はキミのそういう悩みから生まれたんだってば!」



 顔から手をどかし、メイの方を見るといつの間にか俺の目の前にいた。


 ビックリする暇も無く、そのままベッドへと押し倒され、いつもは鏡でしか見れない自分の顔を見上げる。



「だからね、キミがいつも一人でエッチなことをしてる時にどんな事を思いながらヤッているかも知ってるんだぁ。」


「ひっ・・・!」


「あはは、可愛い声!せっかくだからキミのこの夢も叶えてあげるよ。もし本当に嫌なら本気で跳ね除けてね。そしたら止めてあげる。」



 手に力を入れて跳ね除けようとする・・・。


 本当に跳ね除けていいの・・・?


 メイが言うように、このシチュエーションを考えてたことあるよね?


 あの時は思うだけで終わったけど、今なら現実に・・・?


 自分が自分に犯される・・・?


 こういうので今まで何回抜いた?


 夢が現実に・・・?


 どうしよう、嫌な気持ちもあるけど、それと同時に期待してる自分も確かにある・・・。



「どうしたの?もうおっぱい出ちゃってるよ?抵抗しないならやっちゃうからね?」


「あ・・・。」



 言われて初めて既に上半身が露わになってることに気付いた。


 恥ずかしくて隠そうとするけど手がうまく動いてくれない。


 隠したい気持ちと、流れに任せたい気持ちがぶつかり合ってうまく動かせない。


 俺はどうしたいんだ。


 俺は・・・。


 俺?私?どっち?


 男だっけ、女だっけ?


 今、俺・・・私は・・・。



「あ・・・、ん・・・。」


「もう時間無いよ、これ以上行ったらもう止めないからね。」



 メイが何か言ってる。


 私は受け入れたい。俺は嫌だ。


 本当に俺は嫌なのか?私は受け入れたいの・・・?


 俺は・・・!


 私は・・・!






































 目を開けると、俺はベッドに寝ていた。


 ゆっくりと上半身を起こし、



「おはよう、夢が叶った気分はどうですか、お嬢様?」


「・・・痛い。それと・・・すごかった。」



 脱ぎ捨ててあった服をメイに教わりながら着込み。服装を正す。



「それで、俺はどうなるんだ?」


「え、君の好きにしていいよ。戻りたいなら戻すし、そのままがいいならそのままで。そのために私がいるんだし。」



 どういう意味だ?


 そのためにいる?



「つまりね、キミがこのまま女でいたいと言うなら、私がキミの代わりに『カミシロ アキラ』になっててあげる。戻りたいなら私が消えてキミが元に戻るだけ。」


「え、それってつまり、俺が戻ったらお前は・・・。」


「別に気にしなくていいよ。元々私はキミの悩みから生まれた存在で、その悩みを解決するためにいるんだから。」



 言葉が無い。


 夢にまで見た経験をしたのだから正直戻りたいとは思う。


 だがそのためにはメイを犠牲にしないといけないのか。


 気にしなくていいと言うが、それは無理だろ。


 俺にとっての、初めての、相手、なんだから。


 ・・・いや、ちょっと待てよ。



「なぁ、俺がこのままならお前が俺の代わりになるのはいいとして、だ。俺はどうなるんだ?まさか戸籍も何も無い、若い女一人が家無し金無しで何とかできるほど世の中甘くないだろ?」



 俺のその疑問にメイは



「あぁ、それは大丈夫。私とキミが入れ替わった時点で神様が世界の認識?とかを変えて、私とキミは双子の兄と妹ということになってるらしいから。」


「・・・はぁ?」



 なんだそりゃ!


 慌ててメイのポケットに手を突っ込み、携帯電話を盗み取る。


 電話帳を開き家族一覧のところを見てみると・・・。



神城カミシロ メイ・・・あるし。てか漢字が俺と同じじゃねぇか。」


「読み方が違うけど書くときには間違わないでしょ。さぁこれで神様の存在も認めてくれたかな?」



 神様ってやつは一体何を考えてるんだ?


 いや、俺をこんな目に合わせてくれたことには恨み半分感謝半分だけどな!



「そんなわけで女のままでいるなら、私はキミの兄の神城カミシロ アキラってことになるから。よろしくな、メイ!」


「うわぁ、マジかよ・・・。」


「口調もちゃんと女らしくしてね、じゃないや。しろよ?」


「男に戻りたくなってきた・・・。」



 ぼやく俺の方を力いっぱい叩く、メイことアキラお兄ちゃん。


 いや、めっちゃ痛いから。お前も少し加減覚えろや。


 外に出てみるとそこはいわゆる、ご休憩数千円のホテルだった。



「おいぃぃ!!」


「うるさいなぁ。なに・・・なんだよ?」


「お、おま・・・どこに連れ込んでるんだぁ!」


「何をいまさら。部屋にいた時にわかりそうなもんでしょ。」



 いや、目が覚めたら女になってて、話し相手はドッペルゲンガーで、神様の名前が出てきた挙句に自分が自分とエッチなことしてたら回りを確認してる余裕とか無いわ!



「ほら、騒ぐと余計に目立って恥ずかしいから。さっさと帰るぞ。」


「こ、このやろ・・・。」



 今回は遠慮無しで思い切り元自分の身体の尻を蹴飛ばす。


 つんのめるメイだったが尻をさするだけでそのまま進んでいく。


 しばらく頬を膨らませながら後を付いていくが、ふと立ち止まり、今までいたホテルを振り返る。



「どうした?」


「ううん、なんでもない。さて、家に帰ってどうなるか、楽しみだし怖いしでドキドキするわ。」


「あはは、実は私・・・俺も!」








 せっかくだし、しばらくはメイとの兄妹関係を楽しんでみるか!!





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