出会いと始まり
まだ古城がたくさん存在する時。
そして、まだ政略結婚が行われていた時。
紅葉が道に美しく散る城の中、二人の男女が話をしている。「……やはり、無理です」
苦しげに男は言う。
女はキュッと口を真一文字に結び、ただ一言「……そうね」と言った。
紅葉の紅色が、女の目に焼きついた。
*
くりくりっとした丸く大きな瞳に、艶やかな黒髪に白い肌。
そこいらの人間と比べれば、間違いなく「可愛らしい顔」だ。
しかしその顔が人前で晒されることはない。
何故か。
単純な理由だ。
その少女の父親が、外に出さないからだ。
しかし、今日は嫌でも顔を合わせる。
―殿方との見合いの日だからだ。
少女の名は春夜といった。
正直、春夜の気は乗らなかった。
ー殿方が超絶に不細工でストーカー気質の男だったから……。
……というわけではない。
……忘れられない人がいるからだった。
駄目よ。
春夜は自分で自分を叱る。
しかし、その思いを簡単に消すことは出来なかった。
従者に連れられて、春夜は殿方が待つ部屋へと向かう。
スラリと戸を開き、あまり音をたてずに畳に座る。
ゆっくりとした動きで、春夜は殿方となる男の顔を見た。そして少しだけ驚いた。
春夜の目の前にいた男が、かなりの美男子だったからだ。
男は春夜を見て微笑んだ。
「初めまして、お嬢様。私は上尾家の長男、友仁と申します」
友仁、と名乗った男は、春夜に握手を求めてきた。
春夜は握手をスルーし、
「杉本家長女、春夜です」と端的に述べた。
「……春夜って呼んでもよいか?」
友仁は口角を上げて言う。
春夜は溜め息混じりに「どうぞお好きに」と言った。
「それに、あなた様のほうがご身分はよろしいでしょう。何故問うのですか」
その問いに、友仁はくっくっくっと喉を鳴らした。
春夜は眉を寄せ、不快感を露にした。
「何が可笑しいのですか」
「いや、すまないな。先程から君は目を合わせようとしないものだから……。私相手に淡々と話すのが面白くてな」
と友仁は目を細めた。
「……どういう意味です?」
訝しげに尋ねる。
「自分で言うのも何だが、私はそこいらの人間と比べれば美形だろう?」
溜め息をつきながら言う友仁に、春夜は思わず「は?」と問い返した。
「……え、本気でそう思っていらっしゃるのですか?」
「何か事実と違うかな?」
首を傾げる友仁に、春夜は大きく息をついた。
「美形なんて……私あなた様にお会いしてから一度だって思ったことはありませんわ」
友仁は目を剥き、信じられん、と声を洩らした。
「君は照れているのかい?それともまさか……本気で私を美形と思ってないなんてこと」
「あるんです」
きっぱりと言う春夜に、友仁は動揺を隠しきれなかった。
「……君は、男を見る目がないのかな…。」
ショックを受け、友仁は上体をのけ反らした。
「……よく言われます」
春夜の呟きに、友仁は安堵の息をつく。
やはりこの娘の目がおかしいだけだ!
嬉しそうに顔を綻ばせていると、あることに気づく。
「……お前、笑わないな」
ふと声を洩らした。
春夜は目を見開いた。お前、と呼ばれたことに対してもだが、笑わない、と言われたことにもだった。
私は、笑ってなかったのだろうか。
しかし、笑う話など今までの会話にあっただろうか?
一人悶々としていると、
「すまない。俺の前では皆顔に貼り付いたような笑みを浮かべるのでな。新鮮だったから、その、悪い意味ではなくてだな……」
春夜が急に静かになったのを見て、ショックを受けたと思ったらしかった。春夜は首を横に振る。
「あの、こちらこそすみませんでした。私、あの、正直……。」
と言い、黙りこむ。
「なんだ」
友仁は不審気に尋ねる。
春夜は、「怒らないでくださいね」と前置きし、
「正直私、この縁談乗り気じゃないんです」
しばらく、長い沈黙が流れた。
「……で?」
友仁は射るような目つきで春夜を見つめる。
「お前、他に好きな奴でもいたんじゃないか?」
春夜は言葉を失った。
春夜の顔を見て、「当たりか」と友仁は薄ら笑いを浮かべる。
「どうせ叶わぬ恋だったろうに」
ハッと鼻で笑う。
春夜はきっと睨み付け、
「うるさい!」
と怒鳴った。
辺りが静まり、友仁は喉を鳴らした。
「……貴方に何が解るというの。確かにあなた様の言う通り、叶わぬ恋だったわ。……だけど、ずっとその人だけを想っていたかった……。」
消え入るような声で春夜は呟く。
春夜の切ない表情は、友仁の胸を締め付けた。
動悸が速まり、上手い言葉が出てこない。
何故だ。いつもなら一言二言出てくるのに。
「だから私、あなた様と婚約したくありません」
春夜は視線を下に向けながら言った。
「……そうか。わかった」
友仁はゆっくり頷いた。
「だが、俺はお前を惚れさせる」
変わらぬ調子で友仁は続けた。
春夜の目はこぼれんばかりに見開かれた。
「……え」
「言っておくが、俺は私なぞ言わん。表面だけだ。俺の素を知ってるのはお前と俺の従姉だけだ。」
腕を組ながら偉そうに言う。
春夜は嗚咽を洩らす。
「これからよろしくな。春夜」
友仁はニヤリと笑みを浮かべる。
ふすまの向こうで鳴っている荒々しい風が、春夜の耳に響いた。
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