『June』
『June』
梅雨空で嬉しい事は君が早く帰ろうという気になってくれること。
朝、鬱々としながら雨だと嫌がり君と少しでも長く居れること。
今日も雨が降る──。
◇◆◇
最近全然ヤッてない。
俺とこいつは同居してるし、帰る時間もそう変わらないから自慰もやすやすとできない。
つまり何が言いたいか、そう
溜まってんだよ。
こんな事を食事中、しかも3年記念日の食事中に考えてしまうくらいにはコイツと触れ合ってない。
だからいつもは聞かない唐突な事を尋ねる。
「あー…のさ、明日って休み?」
「ん?休みだけど」
「そっか…」
「うん」
まるで何の悩みもなく過ごしてるって顔で肉にかぶりつくこいつに一周回って腹が立ってくる。
最近は帰って来るのが遅いのか早いのかまちまちでよくわからなくて余計処理しにくいし…
いや、よくよく考えれば帰って来てからろくに喋らないし3年記念日の食事がある事も忘れていたような雰囲気だった。
「…(もうそろそろ、か)」
もしかしなくても、こいつとは潮時なのかな。
俺とそういうことしたり、触れ合ったりするのももう無理かな
話すのも嫌かな
嫌いかな
嫌だな
「…っ」
気づいたらいつの間にか嗚咽をこぼしながら、泣いていた。
「!、どうしたんだ?嫌なことでもあったか!?」
「ッふ…く……なんで、もない」
これ以上重荷になりたくない…嫌われたくない。
「何も無いわけないだろう…泣かないで、どうしたか話してくれないか?」
なんでそんな意地の悪いことを言うのか分からない。
怒鳴り散らしたくなる、原因はお前だと。
お前がこんなにまで俺を変えたと
今更捨てるのかと。
「……嫌わないで」
「え?」
「…お前に他…に好きなや…ついてもい…っから、お…まえに、嫌わ…っひ…っれ…たく、な…っ」
「…っっごめん!」
なんだよごめん、てどっかの誰かと浮気してそっちが良くなりました乗り換えます、ってか?
ごめんの意味がよく分からずさらに混乱する。
3年分のスパンのおかげが汚く罵る自分が隠せる。
そうだ、こんなどろどろな俺なんかとは別れて正解
「結婚してくれっ!」
目の前にズイッと出された白い箱のようなもの
正直涙で形なんか見えやしない。
そして俺はというと
「はあああああ!?!!」
怒った。
「なんなんだよいきなり!ふざけんなッ!!ノリとか笑えな…!」
「いきなりじゃない。」
ピンポーン
「花も届いたみたいだな」
「は?!花!?」
「あぁ。ほら」
そこには抱えるのも苦労しそうな大きな花束があった。
「いや、でもお前今日すげぇなんつーかよそよそしかったじゃん!!」
「プロポーズに頭がいっぱいでな」
「この指輪だって…」
「ずっと貯金してたからな」
「この花も…」
「プロポーズに相応しい花言葉の花すべて花屋の人と選んでいたら、最近遅くなってしまって…」
「じゃ、じゃあ…なんで…っ、手出してこないんだよ!!」
ここにはコイツも一瞬詰まり、わずかながら眉間にシワを寄せる。
「怒らないか…?」
「もう怒ってんだよっ!!バカッ!」
良いから言えと睨みつけると、座り込んでいる俺に目を合わせ語りかけてきた。
「君に選択肢を、あげたかった」
「…もし、嫌なら君の中や身体に、痕を刻むのは忍びないし…俺がプロポーズして断られても最悪君は、何も感じず少なくとも後腐れなく俺を捨てられる」
昔からの悪い癖、口より先に手が出て胸ぐらに掴みかかる。
「そんな、風に考えていたのか」
「え」
「俺はッ…俺は…ひっ…く…そんなふうに捨てられるような男に見えたか!」
だがコイツもまた負けじと掴みかかってくる。
「違っ…!それが出来ない君だから!だから…選択肢をあたえたかった…最初に好きになって、告白したのも俺だし、君は性別だけで人を判断せず男の俺を好いていてくれた…だから情や身体の関係で君を…君の将来を、幸せを俺などが捕らえていいのか…」
「いいに決まってる」
話など聞く必要の欠片すらない。
俺はコイツの抱える花束を取ると、ギュッと抱きしめる。
「バカ…バカ…バカ…なんでそんな事悩むんだ。いつもは勝手気ままなくせに、嫌いな煙草だってやめてくれないくせに…」
「うん…すまん」
「俺がどれだけ不安だったか分かってるのか」
「…本当に、すまない」
「俺は人生…というかこの3年間無駄にできるほど徳高い人間じゃない…お前が俺を好きになったように、もう俺の人生に…ぐすっ、お前がいないなんて、お前の痕が消えるなんて考えられないんだよ…だから、あんまり、みくびんなよ」
「愛してる」
「うるさい、…もっと言え」
「愛してる…世界のなによりも」
花束ごと抱きしめてくるこいつを負けじと抱きしめかえす。
あぁ、こんな不器用な男が可愛いなんて存外俺もバカだ。
すると、額に1つキスを落とされ両頬を優しく包まれる。
「俺と結婚してくれるか?」
「受けてたってやる」
「ハハッ勇ましいな…俺のダーリンは」
白い箱から小さなダイヤが埋め込まれた指輪を取り出し、俺の左手をとると薬指にすいっと入れる。
「あぁ、良く似合う」
その一言に一気にぶわっと広がる熱に頭が冒される。
「ふ…っく…ぅ…嬉しい…」
「泣かないでくれ…」
「これは、ノーカン…ッ」
指輪がついた左手はどこか特別で思わずキスをする
「おや、俺より先に姫からのキスをもらうなんて指輪に嫉妬しそうだ」
「誰が姫…ちゅっ…んぁ、んっ…はぁ」
「…ん、可愛い…好きだ」
花束を取られ、近くなった距離にキスは深くなり抗えなくなるほど甘く脳幹を痺れさせる。
息がきれそうになり、胸を叩くと1度俺達の顔が糸を引きながら離れた
「ん…はぁ…は」
「すまない…久しぶりで、待てなかった」
「それは…俺も同じ」
どちらからともなく抱きしめることにこの上ない幸せを感じる。
そんな空気がいつもは絶対に言わない言葉を吐かせる。
「なぁ…めっちゃシたい…」
「!」
「そんでいっぱい痕つけて、っ!」
その瞬間、俺は軽々と抱えられ寝室に連れて行かれる。
「う…ぁ、ちょ…っ…んぁ」
ぢゅっ
強めに吸われた首筋に赤く浮き出る
「もう離してやれない、けど許してくれ」
「ん…許す…から、もっと…っんぁあ──!」
◇◆◇
その日はさんざん鳴かされ、気がつくと気づけば朝になっていた──。
「ん───」
目が痛む。
ゆっくりと左手を見ると、昨日貰ったリングがはめられている。
「あぁ、、良かった」
夢などではなかったことに昨日の喜びが再燃する。
「ふふ…」
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「!」
扉の前に立ちながら、お玉をもつ姿が妙な絵図で思わず苦笑がこぼれる。
「…なんでもない、それよりなんでお玉持ってるんだ?」
すると、バツが悪そうに頭をかき
ボソリと呟く。
「あー…味噌汁」
しばしの沈黙が流れた後俺は耐えきれなくなり吹き出した。
「ぷっ…!あはははははっ!!料理なんてしたことあるのかよ!アハハ!」
「〜っ///良いから!ほら早く!」
重い腰を気にしてくれながら手を引かれ、リビングへ行くとそこには不器用な彼が作った食卓が広がっていた。
「これ…1人で?」
「当たり前だココは『俺達』の家だろ」
朝から本当に泣かせてくれる
ほかほかの白飯
野菜炒め
焼き魚
そして味噌汁
どれもありふれて見慣れている。
「うん…そだな。ありがとう、食べよう」
「味は…本当に保証できない」
それなのにどうしてこんなに涙が出そうになるのだろう。
「「いただきます」」
「あむ……(ガリ)」
まず白飯を口に含む、水が足りなかったのだろうところどころに芯を感じる。
「ん……ん?」
次に野菜炒め、キャベツ、人参、豚細切れ、が入ってざっくり炒められている。
ただ固すぎて歯が通らない
特に人参。
「……お、おお」
さらに焼き魚に移ると一目瞭然
まるで魚の形を模した消し炭だ。
試しに一口、入れると苦さが魚の身の旨みを呑み込んでいく。
「やっぱり、何か買ってこよう」
最後の味噌汁を残したところで青い顔をした彼が言い出した。
俺の百面相を眺めるのに耐え切れなかったのだろう。
「いい。」
「でも」
「これが、いい。」
「…」
「……フー」
最後の味噌汁。出来たての味噌汁の匂いは思わずほっとさせられる。具は豆腐にわかめ。
ズズっと啜ると、予想を裏切らないわかめが1枚の連綴りとなって出てきた。
豆腐も生煮え、といったかんじだ。
「あー…切れてなかったか美味しくないだろ…いいぞ無理して食べなくて…」
けれど
「……美味い」
「は…?嘘だろう?」
ゆるゆると首をふり、また一口飲む。
「なんかわかめとか切れてないけど、この味すげー俺好みだ」
「ほ、んとうか?」
「あぁ…、はぁ…フフ、なんかアレだな」
きょとんしたままの彼の顔に冗談めかして云う。
「俺のために毎日味噌汁を作ってくれ」
「…」
やばい、そう君が云った時には大きな粒が次々頬をなぞっていた。
「…!ハハッ、泣くなよ」
「……うるさい」
そう言って彼のシャツの袖で彼の涙を拭く。
「うん、これからはご飯もおかずも俺が担当。味噌汁はお前担当な!」
「…これ以上泣かす気か?」
「俺達泣いてばっかだな」
「いいんじゃないか?初めて付き合った日も2人して泣いたしな」
「そうだな」
交じりあった口付け。
焼き魚の苦さと涙の塩っけが口内に広がり、やがて甘く変わる。
朝食を終え、同時にアパートを出る。
それぞれ仕事があるから。
「行くか」
「あぁ…」
「……あのさ、今日定時で上がれそ?」
「…、分からないが善処する、なんでだ?」
スッと指を伸ばした先には、彼の苗字の表札がかかっている。
「苗字さ、どっちに統一しても…統一しなくても新しい表札買わないか?結婚祝いに、さ///」
言葉にするだけでひどく現実味をもち、緊張する。
「っ…君ってやつは……必ず定時に上がる」
「よし!じゃ、5時半に駅の東口で!」
「あぁ、楽しみにしてる」
どちらの苗字になるとか、どちらがご飯を作るとか、正直どうでもいい
それよりも君が
君がいつまでも、笑ってさえいてくれれば、それで。
梅雨。
雨の季節。
君を急かす、俺と君を結ぶ季節──。
終
お読みいただきありがとうございました。
少しでも背中はおせたでしょうか?
ふたりのこの先はご想像におまかせします。
もし、ご意見などあればお答えします。
宜しくお願いします。