熱風のアムリタ
「ちぃっ」
と、その火の柱の後ろから、かすれた男の声と共に大きく後方に飛び退く黒い影が目に入る。
それは、外套を纏った周囲を取り囲む男達と同じ姿。
外套に火が移っている様に見えたが、後方へと着地した時にはその火は既に消えてしまっていて、燃え広がる様子は無い。
私のすぐ近くにあった炎の柱も、それと同じ様にきれいさっぱり消えてしまう。
「やはり、時間稼ぎだったか」
「あら、やっぱりクオン君は鋭いのね」
クオン君の呟きに、アムリタさんが微笑んでそう感心している。
何の事か分からなかった私に、ジンの解説が聞こえて来る。
「さっきまでの正面の男の会話は、今の六人目の男が背後から奇襲するための時間稼ぎだったってことか」
「そういう事。でも、それはあたしの炎で撃退したってわけ」
「私の炎? アムリタさんがあの炎を…?」
私の問いに、アムリタさんはにっこりと微笑みを向けて来る。
そして、前方の男へと振り返ると大きく腕を広げて声を上げた。
「さあ、掛かって来なさい! 火と風の魔法の使い手、熱風のアムリタの実力、思う存分見せてあげるんだから!!」
六人の男達が一斉に動くのと、私達を中心にした同心円状に炎が広がるのは同時だった。
一面に広がる炎の海の中、男達は上空に飛び上がる事でその魔の手から逃れる。
通常では考えられない地面からの距離が二メートルは超える跳躍の後、男達が地へと足を付けた時には地面の炎は既に消え去っている。
休む間もなく、男達は一斉にこちらへと距離を詰める。
後方以外の全方向から一斉に迫る六つの影は、ある意味芸術的な程に動きが揃っている。
このままの勢いで来るのなら、前方に構えるアムリタさんが対応出来るのは三人が限界だ。
残りの三人は、何の妨害も無く私達の元に到達するだろう。
そう思った次の瞬間、続け様に六つ、炎の柱が立ち昇った。
それぞれが、向かって来る六つの影の前方に、微妙にタイミングをずらして現れる炎の柱。
それによって、一糸乱れぬ動きだった六つの影に乱れが生じる。
と思うや否や、右手側に迫る影が一つ、強力な突風によって後方へと凄い勢いで吹き飛んで行く。
だが、右手側は先程の奇襲により現れた一人が多かったのだから、これで左右同じ様になっただけだ。
炎の柱をそれぞれの方法で迂回、回避した五つの影は、止まらずに接近を続ける。
すると今度は、私達五人全員の右側面、岩山から途切れる所無く、高さ三メートルはあろうかという炎の壁が現れた。
隙間のないこの壁は、右手から迫る二つの影を完全にシャットアウトする。
その隙に、残る三人への対処をするのだろう。
まずは正面、火炎放射器の様に、アムリタさんの前方から炎の渦が伸びて行く。
直線状のその攻撃は、しかし、横へと逃れようとした襲撃者を追いかけてその軌道を変える。
その炎の渦は、アムリタさんの元を離れると、炎の蛇の様になって正面の影を追いかけ続ける。
近付く事が出来ず、後退を余儀なくされる正面の男。
残るは左手の二人だが、これは炎の柱の陰から現れた所で、再び現れた炎の柱によって進路変更を余儀なくされる。
そうして、新たな障害物を乗り越えた二人はそれぞれ、右手側の最初の男と同じ様に突然の突風によって後方へと勢い良く吹き飛ばされて行ってしまう。
一通り、迎撃し終わった――そう思うのは早計だった。
右手側の二人は進路を塞がれただけで、まだ接近を諦めていなかったからだ。
炎の壁の端、前方の男に近い位置に、右手に居た影の一つが姿を現す。
そのまま、こちらへと迫って来るかと思いきや、炎の壁にそって前進する。
つまり、方向としては右手外側へと逸れて行く動きだ。
突風で吹き飛ばされて行ったのを見た後では、炎の壁の前を移動するのは余計に危ないんじゃないかと思ってしまうが、どうやら炎の壁を突き抜けて吹き飛ばすという事は出来ないらしい。
風と炎が干渉して上手くいかないのだろうか?
とにかく、男は近付くのではなく、炎の壁の前を進む。