最初の選択
アムリタさんはそう影の男と会話を交わすと、歯噛みをする。
それに対し、明確に楽しんでいるのが伝わって来る笑い声を、影の男が発した。
「クックックック。見周りの奴らなら、我らの存在に気が付く事も無くあの世に行ってしまったぜ。我らに対して警戒するのなら、もう少し魔法に精通している者を集めた方が良かったな」
「まさか、そんな……。くっ、そして、ここに現れたという事は、あなた達の狙いは――」
「そう、邪魔な救世主の排除だ」
その男の声に、ぞくりと背中に怖気が走る。
ただ声を向けられただけだというのに、足から力が抜け、上手く体が動かなくなる。
と、その時、
「皆! 落ち付け!!」
クオン君の怒声が響く。
今までに聞いた事の無い様な――否、そうだ…この感じは、以前聞いた事が有る。
そう、試合の時のクオン君の感じと似ている。
そんな事を考えていると、自然と地面を踏ん張る足に力が戻って来る。
「ほおぅ。救世主は現れたばかりでは何の力も持たないと聞いていたが……ただの一般人といった訳では無い様だな」
男の声が響く。
それは、こちらの様子をうかがう声。
「彼らは一体何者ですか?」
と、クオン君が前に居るアムリタさんの背中へと問いを投げる。
「彼らがこの国の平和を脅かしている元凶、反王国組織『朱の明星』の戦闘員ね」
と、そのアムリタさんの言葉に対し、黒い男が反応する。
「おいおい、この国を脅かしているのは貴様らの方だぜ? 王族とそれを取り巻く一部の特権階級の貴族達が、この国を腐らせ、民を苦しめている。だから我ら革命軍『朱の明星』が王家を打倒するために立ち上がり、戦っているんだよ」
「無辜の民を何人も犠牲にして、よくもそんな事が口に出来ますね!!」
叫び返すアムリタさんの声には、明らかな怒気が含まれている。
「はっ、革命には犠牲が付きものさ。亡くなった者達は、我らの理想のための尊い犠牲だよ」
言い返す男の声には、嘲りが含まれている。
どう聞いても、彼の言葉は心からの言葉だとは思えない。
男は言葉を続ける。
「という事で、救世主の諸君! 我らこそがこのアルディール王国のために戦う者だ。アルディール王国のために遣わされた救世主なのだから、もちろん、我々の元に来てくれるものだと私は考えるが、どうだね?」
「救世主を排除すると言って、あんな殺気を向けて来た相手の言葉とは思えないな」
そう小さく呟いたのはクオン君。
小さい声だったため、聞こえなかっただろうと思ったその声は、しっかりと黒い男にも届いた様だ。
「いやいや、失敬。先程は、救世主の諸君の力を確認しただけだよ。全く、私如きが、女神様に選ばれた救世主をどうこう出来る訳が無いだろう?」
「口だけは達者な様だな」
「ホントホント、何かいやーな感じ」
ジンとリュウ君の呟き。
先程の声が聞こえたのなら、この声も聞こえたはずだろう。
けれども黒い男は反応を見せず、そのまま言葉を続ける。
「さて、どうだね? そろそろその女の影から出て来て、我々と一緒に来てくれないかね? そうすれば、我々もここで無駄な争いをする必要が無いんだがね」
もうクオン君はその言葉には反応せず、目の前の女性へと話し掛ける。
「アムリタさん。この状況、彼らよりもあなたを信用すべきだと俺は判断しました。俺達はどうしたら良いでしょうか?」
「ふふ、賢明な判断ね、なーんてね。彼ら、本気であなた達を勧誘する気なんて無いんでしょうから、当然の成り行きよね」
「ええ、今はあなたを信じます」
「なら、その場所から動かないでね!!」
次の瞬間、私の右手側、三メートル程の近距離から、私の身長以上の高さの火柱が上がった。
「きゃあっ!」
突然の熱気に、私は思わず悲鳴を上げて後ずさる。
その身体は、ジンに支えられることで倒れる事からは免れた。