波紋
約束の一週間、三・四・五日はすぐに過ぎましたっと。充実充実。
あぁ、そういや帽子屋の噂だけど、ハクは知ってたっぽい。んー、やっぱり一部では有名なんかね。あの噂に無関心のハクでさえ知ってたとか……落ち込むわぁ。
俺は情報収集嫌いじゃないけど、ハクはまったく気にしないってか、だからどうした、って感じだし。あいつ純粋に冒険とかイベントとかしか楽しんでないからな。コミュ障だし、人間嫌いそうだし、なつくまで時間かかるし……。
あいつ友達いんのかなぁ……友人として心配だわ、少し……。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして。
帽子屋の情報を俺も広めたわけですよ、ちょっとね。そしたら短期間で爆発的に広まった。
うん、おしゃべりさんに言ったからね。おしゃべり仲間に言うように言ったからね。あいつらに言えば確実ってやつらに。帽子屋も似たようなやつに言ってただろうし、元々広まりかけてたから余計にね。
今の流行最先端はその噂に乗るか乗らないかについてのおしゃべりだな。ちょっと町歩いててもよく聞こえてくるわ。
これは四日目の時のこと。
「ハクはどうすんだ?」
レベル十以下のザコ敵を蹴り飛ばしつつ聞いてみた。
ふっ、俺も強い方とは言えない上に魔術師で物理攻撃力無いけど、こんなにレベル離れてたらただの蹴りでも一発で敵殺せるんだぜ……。
ここは初心者の狩場の水系エリア。アイテム採取のためにちょっと寄り道。
寄り道だからさ、心に余裕ありすぎて暇。
「ん?」
「ほら、あの午前零時の」
「決めてない。クロは?」
「もちろん行くぜ?」
「じゃ、俺も」
「ふぅん。何があんだろうな」
「さぁ」
ハクのリア年齢を俺は知らない。だからこんなにコミュ障だし、学生かなって思ってたんだが、違うのかもな。こんなに簡単に決められんなら。
……ん? だと何やってんだ感もあるが、まぁ、余計な詮索はなしだよなぁ。てか、俺はヒトのこと言えないしなー。
「クロ」
「ん? なした?」
「一緒に行くか?」
「いんや……んー、どうしよっか……」
その日は一人でギリギリまでレベあげしようかとも思ってたけど……てかギルマスから召集かかってた気がしないでもないし……でも、イベントかー……。
「……後で会えるか?」
「え? イベントの後?」
「ん」
戦闘時だと無言でうなずかれてもわからないから、少しでも声を発するように心がけているハク。最初は無言で、それを俺は気が付かなくてすれ違うことも多かったから、それに比べれば進歩か。
もう少ししゃべってくれるとわかりやすくていいんだけどなー。いや、意思疎通できればいいか。
「なんで後……?」
「忙しいなら。でも、楽しいことは分かち合いたい」
「えっとー……」
ちょい整理。
俺が忙しいなら別に一緒にイベントに行かなくてもいい。でもイベントは楽しいだろうから、それを分かち合いたいから後でお話ししよっ♡ ってことでいいのか?
ハートは完全俺の妄想だけども。
「うし。んーと、それだったら、もし余裕があったら零時の十分前くらいに連絡するわ。そんで一緒に日にちまたごうぜ?」
「ん」
お、ハクの声が嬉しそうであります隊長!
……俺がいなかったらボッチ、とかじゃないよな? 一人じゃないからうれしい、だったら俺どうしていいかわからんぞ。お、俺が一番仲いいからだよな!? だから嬉しいんだよな!?
てか、嬉しいのか。まぁ、嬉しがってんの見ると俺も嬉しいが。
「あー、でも、余裕なかったらごめんな?」
「ん。大丈夫だ」
でも声が若干しょんぼりしてますよハクサン?
「できる限り頑張りますわ。ハクのためにね」
「ん……」
声がまた嬉しそう。ハクをちら見すると背中に花が見えそうでした。な、なんだかなぁ……。
背中で語るってこういうことかぁ! ……違うよねっ! セルフツッコミ辛いわぁ。
「さってと。もうすぐ夜だな。あがるか」
「ん」
アイテム欄もぱんぱんですしねー。ほくほく。
町に戻ると噂がばんばん聞こえてきます。
ほんと、ヤバいくらい話されてる。持ちきりってのはこういうのを言うんだな。
現実時間もいい時間になったし、俺はハクと別れてギルドホームに行った。
ちなみにハクの行動時間は深夜以外が多い。朝からいる時もあるし、夜うろついてる時もある。十一時以降はたまぁぁああああに、見かけることもないこともない、レベル。でも基本的に八時前後には帰ろうとするかな。その後来ることもあるみたいだけど、俺は遭遇したことがない。
んー、なのに午前零時のイベントとか来ても大丈夫なのか? 俺が心配することでもないか?
あ、俺の行動時間? 朝でも昼でも深夜でも。好きな時に好きなだけいるぜ? 自由人だかんなー、基本的には。
ついでに言っとくと、連続でゲームを稼働できるのは五時間まで。一日分だと八時間まで。健康的な問題だろう、機器には制限がかかっている。それを超えてやろうとすると機器が安全かつ強制的にシャットダウンする。
ま、改造して連続稼働時間伸ばすやつもいるけど、運営にばれたら警告、止めないようならアカウント取り消し、悪質すぎたら直接話し合い、ということになる。
いや、八時間って結構な数字だろ我慢しろよ。って思うのが俺だけども。
「ギルマスぅ。いる?」
見えざる力によって誰かさんたちにゲームの説明を、俺の主観を交えて語っていると(メタ、いつの間にかギルドホームについていて最上階までのぼっていた。
エレベーターのベルがなって、扉が開くと同時にギルマスに声をかける。
実は昨日も来たんだが、ギルマスはいなかったし、副マス二人に絡まれかけたからダッシュで逃げたんだよねー。だからいつギルマスがいるかも聞けなかった。
今日は副マスはいないらしいし、ギルマスはどうだか知らないけど、少し待つこともできるから問題ない。
チャット機能とかメール機能もあるけど、俺は直接顔見て話したいからさー。しかも突撃訪問ね。そっちの方が色々聞き出すのに準備されないからいいでしょ?
いや、聞きださないときも結構突撃訪問多いけどな!! 行ったほうが早いってときはね!!
この前の引率了解してないよってときはトンズラこくのに最適だから突撃訪問だったんだぜ! ヒット&アウェイ的な!?
と、まぁ、そんなのはどうでもよくて。
ギルマスはちゃんといた。また机に向かって何やら難しい顔をしていた。
「なんだ黒鷺か。どうしたんだ? またなんか厄介事か?」
「いやだなぁ、もうわかってんじゃねぇの?」
白々しい顔でそんなこと聞きやがるから、俺はにんまり悪い笑顔でそう返す。
「……」
ギルマスは嫌そうな顔でにらんでいた書類を片付けた。
「椅子出して座れよ。俺も気になってたんだ」
ギルマスが最上階を俺ら以外立ち入り禁止ゾーンに設定する。
ギルマス特権な。ギルドホームの設定を変更できる。ギルマスがいなかったら副マスがやれるんだけど、今の所やったことはない。
俺はギルドの倉庫から椅子を一脚取り出して、背中の方を前にして座った。もちろんギルマスの前な。
ギルドの倉庫は人や持っているギルドホームの倉庫部屋に比例する。大きめのビルをホームとして使ってるから、うちのギルドは倉庫部屋も多い。イコール、アイテム収容量が多い。だから要るか要らないか、みたいなのもおいておける。ダンシャリ? ナニソレオイシイノ?
ただ、ギルド倉庫は共有だから、大事なもん入れておいて誰かに使われても知らねぇよっていうのは注意が必要だな。逆に言えば何でも自由に使えるから初心者にはラッキーかもな。
そういうアイテム採取はイベント&交流の場として使われてるから問題なし。使ったらちゃんとイベントに参加して、その分返せよーってね。ボランティアとして寄付されてんのもあるけど。
そしてここ大事! ギルド倉庫はギルド内にいればステータス画面から入れたり出したりできるのだ!!
つまり!! この本棚と机しかないような殺風景なギルマスの部屋でも! 客用の椅子一つないギルマスの部屋でも! 誰かが家具を持ち歩かなくたって! すぐさま応接の間に早変わりできるのだ!! えっへん!!
「何ドヤ顔してんだ……?」
「いや、この世界での全知全能の神によって説明させられて……」
「はぁ?」
「冗談だよギルマスぅ」
「……」
この話は誰にもわかってもらえないのさ。
とか言ってるとまた話がそれるからぁ……。
「んで、そうそう。あの噂について、だった」
ドン引きしていた顔をギルマスは引き締めた。深刻そうな表情にかわる。
「お前、あの噂について何を知ってる?」
「やだなぁ、ギルマス。俺がそれを聞きに来たんだぜ? あんたの方が知ってんだろ? う・ん・え・い・さん?」
我らがギルマス、桔梗。確か本名は、桐嶋右京。『クラウン・テイル』を作っている会社『リングエイト』に勤めている。
「俺は聞いてねぇぞ。そんな話、一度も会社で出たこたねぇよ」
苦々しくそう言われた。
「だいたい、俺は部署がちげぇ。でも俺らに言わずにそういう企画は難しいっていうかできねぇし……」
桐嶋さんの担当はゲームの不具合がないか、実際に体験して確認。あとはゲームを快適に遊べるように色々調節するような部署だったはずだ。
その関係でギルドに時々無制限で初心者を受け入れなくてはいけなかったりするのだが……。
もちろん、運営側の人間ということはばれてはいけないので、ついでに言えば桔梗は半分ほどプライベートのアバターだしということで、運営がそういう初心者応援ギルドになってくれ、と依頼してそれを受けたギルド、ということになっている。そういうのは他にもあったりする。
ちなみに、桔梗っていうアバターで普通に遊んで、不具合があったら会社の特別な権利を持っているアバターで対処っていうのが普通らしい。いいよな、ほぼ仕事でゲームできるって……。プライベートとか言ってるけど普通に遊んでるからってだけで、実は仕事同然だぜ? うわぁ、いいなー。とか言ってみるけど毎日報告書書かなきゃいけないらしいから面倒そうではあるな。
ついでに会社アバターの特別な権利だけど、つかまるといくらレベルが高くても全部その能力が消されたり、会社アバターには攻撃できなかったり、てかそもそも攻撃がきかなかったりする。うん、最強・最恐。
「んー、でもそうだよなぁ。不具合調査だろ? ってことは、イベントは全部確認するってことだよな? じゃぁ、桐嶋さんが知らないってことはやっぱガセ?」
「だと思うんだけどよ……」
歯切れが悪い。視線が少し逸れる。眉間にしわがよる。さて、何ででしょう?
「だけど、何?」
「あーーー、あんまり言っちゃいけないことだからなぁ」
そりゃま、仕事内容そうそう洩らせないか。
「とりあえず、まだ正式には何も言われてない。が、もうすぐなんか言われると思う。噂も無視できないほどになってきたからな。……おめぇ、広めんなよ?」
「手遅れだっちゃ☆」
「……」
おぅふ。視線が絶対零度……。
「でも、それ以前にも広まってたっつうの。俺も関わったのは否定しねぇけど」
「お前が関わってんなら納得だ。……今じゃきかねぇ日はねぇかんな……」
「だから俺のせいだけじゃねぇって。能力かってくれてんのはありがてぇけどよ?」
さて、十周年の日までもう二週間は切られた。そのなかでイベントの話がまだ出ていないんだったら、ガセで決まりだろう。
決定的な情報手に入れられたから上々かな。
今のとこ何かを正式に言われたなかったとしても時間の問題。すぐに公式掲示板とかで否定されんだろうな……。
「そしたら協力しろよ? おめぇの情報能力は高いんだからよ」
「もちろん、正式な依頼で報酬くれんならやるさ。じゃなかったらその場のノリ次第だなぁ」
俺が情報ばらまくのは楽しいからだし。会社からの正式な依頼ならもちろんやりますよ? ちゃんとしたお仕事になりますからね。
でもそれ以外は……楽しくなさそうだしなぁ。ギルマスとしての友人価格みたいにしてもいいけど、めんどくさすぎてやる気でなそうだし……。
「おい」
「だってねぇ……メンドくさ」
「おい……」
疲れたように声と一緒にため息をはくけれど、そこまで深刻ではなさそう。
んー、ま、こういう風に何とか言ってるけど、桐嶋さんとしてもギルマスとしても世話になってるから一応ちゃんとはやりますよっと。ギルマスもなんとなぁくこの辺察してくれてるみたいだし。
ちょっと素直になれないオトシゴロなんです、的な感じで。つ、ツンデレなんかじゃないんだからね! ……おえぇ、誰得やねん……。
それはそれとして、俺は気になることが。
「でも、でもねー、どうだろうな」
ほんの少し、石を投げる。
「あ? どういう意味だ?」
石は波紋を広げて。
「根も葉もない噂。今ではある種の真実みたいに持ち上げられて。公式が否定しても、熱は収まるかねぇ? 公式のイベントじゃない、誰かしらが何かしらをやる、そういう風に受け取られても仕方ないし?」
水面を掻き乱して。
「……そう、か。その方向もあるか……。確かにそうだな」
「そうなると、より噂が真実になるかもね。公式じゃないなら、噂の方が重いさ。だって、なんでもいいんだもん。どうにでもなるんだもん。難しいな、言い方が」
「元々公式が言い出したことじゃない。公式がやるイベントだったら嘘くさくても、公式以外の適当な企画だっつうんだったら、噂も納得、か」
「そうそう。それ。どこのバカの企画だかはわからない。けど何か起きる。それが小さい規模なのか、大きい規模なのかもわからないけど、面白いことっていう自分でハードル上げたんだ。試してやろうってやつも多いんじゃない? どうせなら、皆で笑いものにしてやろうってやつもいたりするんじゃねぇ? そういうのが少なからずいたら、もっと増えるよ。人間は集団行動の生き物だからね」
「ちっ……めんどくせぇな」
「はてさて、ただの波風で終わるならいいけども、津波が来たら笑えないなぁ」