白狼
何とかクソガキをまとめて、場を収めたときにはもう約束二十分前くらいになってしまっていた。
……あんの糞餓鬼どもぉ……。
ん? どうやってまとめたとか聞くなよ? あ、でもギルドホーム内PK可能だとは言っておこうか←
大陸移動はおおざっぱだし、都市間移動も遠いと何回も繰り返さないとだし、約束近くの町に行くまでに何度も転移魔方陣を渡ることになる。
そのことをすっかり忘れていた俺は、移動に時間を食われ、目的地近い町に着いたときには五分前。
近くの町からまた猛ダッシュで、最終的に約束の場所には時間ぴったり……嘘だ。すまん。三分遅れた。
「ごっ、ごめんよハクぅぅうううううう!!」
もちろん約束相手はとっくに待ち合わせ場所にいた。俺は叫びながらそいつの前に滑り込む。
「問題ない。それよりも大丈夫か?」
「うげほぉっ! だ、大丈夫!! ほんと、待たせて悪かった!!」
この体は戦闘とかに向いた、疲れにくい体だと言ったって、全速力で走りまわればそりゃ息も上がる。つっても、ゲームの設定じゃなくて精神的な問題らしいが。
「大丈夫そうに見えないが……。急がせたようで悪い」
「それこそ大丈夫!! 時間に遅れた俺が悪い……てか、原因作ったギルマスが一番悪いよな!! そういうことにしておこう!!」
ここでも責任押し付けられるギルマスって……と思わないことはねぇが、ま、クソガキ押し付けたのはあいつだし。問題ない。
「……」
少し困ったような表情をする、約束相手の紹介をそういやまだしてなかったな。
切れ長の瞳はアイスブルー。背中の中ほどまである白銀の髪には細かい髪飾りがついていて、動くたびにしゃらりと涼やかな音が鳴る。顔は驚くほど整っていて、しかも無表情なので彫像のよう。付き合いが長くなると雰囲気で感情を察せられるようになったけど、初対面の人間にはかなり難易度が高かったのは覚えている。身長百七十五くらいの男アバター。
今着ている、光に透けると薄青くみえる細かい刺繍のされた白いローブは確かかなり珍しいドロップ品だった気がする。持っている杖はミスリル銀で作られた持ち手、上部には青い石で作られた蛇が巻き付いている。これも確か超珍しいの。戦闘時には蛇から青いオーロラみたいな翼が出現する。
初期職業は『魔術師』。上位職は『蒼炎の魔術師』。氷と炎の魔法をつかう、とあるダンジョンの上位ボスを倒した魔術師に与えられる上位職。そのボスってのがまた厄介で……。レベルは上限の百四十五。種族は『人間』。ギルド未所属。
んーっと、上位職や装備見てもらえれば、ってか、かなり強調したと思うんだけど、こいつ、プレイヤーとしてはトップランクにいます。しかもソロ。俺も手伝った時もあるけど、俺要らなくね? ってか、逆に足手まといじゃね? って感じでやって行ってます。死ぬほど強い。チート。二つ名とかつけられて崇め奉られてたりする。相当ヤバいよ。レベルカンストの六人パーティでやるクエストを軽々一人でこなしちゃうんだかんな? すごくね?
そんな主人公属性バンバンな感じのこいつは白狼。ちょっとコミュ障気味で、感情をだしづらいのかなんなのかわからないけど、でも優しいやつ。
「はぁ……うっし! 息整った。待たせてマジすまん」
手を合わせてもう一回詫びる。
「今度なんかおごるな?」
「いい。誘ったのは俺だ」
「でも今日もほぼ俺のためじゃね?」
そう! 今日の目的は材料集め。俺が必要な、材料な。十周年記念のアプデに備えて、市場にあんまり出回らないから自分で取りに行こうって思ってたんだが、それにハクが乗ってきた。
レベルもカンストしてるハクは無駄に戦闘をする必要がないし、だいたいハクは材料が必要なわけじゃない。つまり一緒にモンスター狩って材料集めする必要なんてないのだ!! だからこれは俺のため。なんだかんだ理由づけしてたけど、絶対そう。
「言い出したのも俺」
お優しいハク様はそんな俺に合わせてくれる。マジ感謝。
「んー、ま、いいや。あんがと、ハク」
「……」
無言でコクリとうなずくハク。うん、無口ワンコ系キャラに見えてく……やめとこう。
現在いるフィールドは『妖精の箱庭』。魔術師系統の職業じゃないと入れない特殊フィールドである。蔦や木々であふれかえっているが、木漏れ日が多く明るい。花もいろんな場所に咲いていて、名前に似合う綺麗さだ。……ちょっとこっぱずかしいな。
「んーっと、欲しいのは《妖精の羽》だからー、妖精中心に狩りたいんだけどいいか?」
「ん」
ハクの返事は基本「ん」か、無言のジェスチャーだ。慣れたからいいけどね! 最初の頃はちょっとさみしかったぜ!!
「……クロ」
「んー?」
「あんまり気にするな」
「……」
そんな言葉を言ってるハクの方が気にしてるのはよくわかる。
ハクは目立つから。だからよく隣にいる俺も目立つことになる。チートの隣にいる一般人。そう言われて、悪口だって気にするのはいつもハクの方だから。
だからハクは俺のことを異様に心配する。迷惑かけまいとしているようだ。俺ぁホントに気にしてねぇのによ……。
「くくっ」
「な、何で笑う?」
「いやぁ、可愛いなって思ってよ?」
「……」
不審者でも見るような目で見やがって……こっちは真面目だぜ? 心配されて悪い気はしない。ただちょっと、その不器用さがガキみたいで……。守ってやんなきゃなぁ、とまではいかねぇけど、俺も迷惑かけてらんねぇよな……。
「まま、おめーも気にすんなってことよ」
本音は言えねぇし。こういうときゃ、適当に茶を濁して逃げるに限る。
「じゃ、行きましょか」
俺がとっとと歩き出せば、ハクはそれ以上何も言わずについてきた。
それがまた親鳥を追う子アヒルみたいに……いや、もうやめとこ。
俺がハクと会ったのは、あいつがゲーム初心者の時。
初めてまだ一日二日くらいだったのか? 『オウドー』で彷徨ってたらしく、何度も町中で見かけて、おかしいなぁって思ってたら町の中心にある噴水の所で休憩しはじめたから声をかけた。
美人だなって気になったちゃぁ気になったけども。いや、うん、あれは男でも問題ないって言えるレベル。うん。俺が何をとは言わないぜ?
んで、ともかく声をかけたわけですよ。
「はろはろ? お前誰かと待ち合わせでもしてんの?」
ま、突然声かけたらそりゃ警戒されるわな。めっちゃ怪訝そうな目でにらみあげられた。
いや、睨まれたってのは本当は気のせいで、あれがあいつの素の表情らしい。その時は知らなかったけどね。
「悪いやつじゃないぜ? ただちょっと、迷ってたみたいだから気になってな?」
「……」
「えーっと……」
ここで俺の心は折れかけたわけよ。目的地があるなら案内してとか、特に意味もなく彷徨ってたら邪魔すんなとか、とにかく何かしらの反応があるべきだと思ったのよ。でもまったくの無反応。困った。
「も、もしかして、初心者? 町案内しようか?」
「……」
「いらないならいいけど……武器持ってないな? もしかして神殿お探し? それなら南西の方角だぜ」
一番初め、チュートリアルの最中くらいか。それくらいだったら武器はまだ渡されてなくて、町を見回るついでに初期職業を決める神殿に行けっていうクエストみたいなのを出される。
それかなーって思ったんだよ。装備も初期の奴だしさ。チュートリアルの間は武器を装備しっぱなしじゃないとダメだし。
てか、それくらいしかもう思いつかなかったんだよなー。
「……」
無反応。
「んー、お邪魔だったかな? 悪ぃね。んじゃま、楽しいゲーム生活を~……」
ここまでよく粘ったと俺は思った。無反応による攻撃は俺のHPをがんがんと削り、ここでゼロになった。うん。もう無理だと判断。
適当に手を振って無愛想なそいつに背を向けたら、ツンと引っ張られる感じがした。
「ん?」
振り返ると無表情なのにうるんだ瞳と目が合った。
俺の服の裾をちまっとつかんで上目づかいに見上げてきてんだよ? 何このかわいい生き物は……!! って思ったね。一瞬。
よく考えりゃ男にそんな顔されてもうざいだけだと思うけどね!! でもハクなら許せる!! なんか庇護よくそそる顔してんだよなぁ。子犬みたいな?
「……」
そいつはちょっと焦ってるみたいだった。ほんの少し視線がうろついて、手に力がこもっていくのがわかる。
「……っ」
何か言わなきゃ、そういう風に口を開くも、息さえも喉に引っかかってる感じ。むせなきゃいいけどな。
「落ち着け? 少しづつでいいぜ? どうかしたか?」
「……ぁ……」
「うん?」
待ってたけど、そいつは何も言わず、徐々に視線を下げていった。
んーと、そういう反応も地味に傷つくんだぜ? 俺そんな怖いかねぇ……?
「……くれ」
「え?」
「教えてくれ……」
やっとまともに声が聞けた!! けど主語がないからわかんねぇ!! ごめんよ!
「道、でいいのか? 行き先は神殿?」
「ん……」
頷くくらいはできるのな?
「うし。いいぜ。行こうか?」
「ん」
それが俺たちのハジマリ。
神殿に案内して、初期職業決めて、始めての冒険も流れで俺がおつきあいした。
その時俺がレベル七十八。わかる? 俺がすげぇ追い越されてんの。あいつが俺を抜かしたのは、あいつがゲームを初めて三か月たつか経たないかくらいだったはず。
ゲー廃か、っていえばいいのか、頑張ったんだな、っていえばいいのか……。