クラウン・テイル
最新式のサークレットグラスをつけて、ベッドに体を横たえる。
ゲームのハジマリ。あの愛おしくてバカらしい仮想世界に堕ちていこう。
よいしょっと。
ログインして始めに降り立つのは、始まりの町『オウドー』。いわゆるファンタジーの、ゲームを始めたばかりの初心者がうじゃうじゃいるこの町。名前はぱっと見で分かるかな。王道からきてるんだぜ。ダサいだろ?
俺はここに設定してるってだけで、初心者でも行ったことのある他の町をログインして始めに降りれるようにできんだけどな。俺はなんとなーく初期設定のまんま。
ん? 俺? そういや俺の説明してなかったか?
黒髪は腰当たりまでで一括り、右側の前髪だけは少し長め。髪留めは黒銀の細工物。魔法上昇効果がある『紋章細工師』による一点ものだぜ。目も黒い。顔はしょっぱなで選べるテンプレのなかの顔パーツそのまま。至って平凡。でも少し目を半眼にする癖があるから目つきは悪いかも。身長百七十ちょいの男アバター。
藍色のハイネックノースリーブに、黒い皮っぽいズボン、編み上げブーツ。それにフード付の黒マントを羽織って、腰の後ろの方に細かい細工がしてある黒銀の杖をぶら下げて俺完成。杖は普段は小さく二十センチくらい、戦闘時には折り畳みの傘みたいに伸びる。武器って大体の人はアイテム欄に突っこんでおいて、戦闘時に出すことが多いみたいだけど、これなら常に持ち歩いてても不便じゃないし、気にいってる。てか、大体みんなの武器がでかいしごついんだよね。杖の先にいろんな装飾とかいらないよねっ! これは細工はしてあるけどほぼただの棒だからね! 真ん中に小さな赤黒い石が埋め込まれてるけどそんだけだしねっ!
このゲーム、一部を除いて街でのPKもありだし、俺は武器を常備する派。日本人らしく礼儀正しく生活してる人は多いけど、用心にしとくにこしたことはないでしょ? バカなガキも多いわけだし。
初期職業は『魔術師』。上位職業は非公開。レベルは百二。そこまで強いわけじゃないけどそこそこレベル。種族は『人間』。ギルドは『終焉の輪舞』に所属。厨二乙だな。こういう厨二ネームが流行ったおかげで漢字にルビを振る機能が出た。ギルド名、ちゃんと上の方にアビス・ロンドってでるんだぜ? なんだかなぁ……。
んで、名前は黒鷺、よろしくね。
ってな感じでメッタメタな自己紹介も済んだところで……ゲームのハジマリじゃね!?
もうすぐこの『クラウン・テイル』十周年なんだよー。またレベル上限上がったり、新しいダンジョンとか増えるらしいんだわ。アイテムも上位職も……!!
だからそのためにー、とっととレベルアップして、もっともっとゲームを楽しみたくね!?
ってギルマスが集合をかけてきた。みんなでレベあげしよう大会だとさ。
俺としてはソロの方がよくね? って思うけど、初心者もいるうちのギルドにはそういう大会も必要だよな。大会っつうか、イベント? 交流込みだかんなぁ。
ちなみにうちのギルドは所属人数約百五十人の中堅ギルド。ギルマスはリーダー気質のおっさん。あ、ギルド名はおっさんの趣味じゃねぇから。そこだけはフォローしておく。
うちのギルドはギルマスがちゃんと運営してる系。ギルドによっては形だけってのも多いから、ちゃんとまとめてくれるのはいいんだと思う。
ま、それがウザったいやつもいるから入ってすぐやめていくのも多いけど。
都市間移動の魔法陣を使ってテレポート。同大陸の違う街へ。
高いビルや高速道路が空を埋め尽くしている近代的な『ミライト』に到着。漢字で書くと『未来都』かな……?
中心部より少し離れたビルに入って、エントランスのど真ん中を占領しているエレベーターに乗り込む。全方位ガラス張りだぜ? ある意味ファンタジー感? SFだな……。
真ん中吹き抜けのビル。ギルドとして使っているからいろんな設備もある。サブ職を極めたい人にとってはまぁまぁかもしれないけど、うちは戦闘もサブも両方できるようにしてるからこういうのがいいって言う人も多い。
最上階はワンフロアぶち抜き。あるのはどでかい執務机と本棚少々。無駄に広い。
ここもガラス張りで、高いからミライトを見渡すのに最適。結構お気に入りの景色。
机で地図を広げていたギルマスが俺を見た。
「黒鷺。やっと来たか」
目は二藍、髪は滅紫色。天パーが肩過ぎ位で一つに結ばれている。顔はテンプレじゃない(大体の人は多少なりとも自分で作ってるはずで、全部テンプレなのは珍しい)、微妙に冷たい雰囲気もある神経質そうな顔。身長百八十近い男アバター。
白を基調としたコートに紫のアクセントが所々。ギルドマークとしてうちのギルドのサブ職業『装飾人』が、特殊素材で縫い付けたエンブレムが左胸に光っている。腰には大振りの剣。剣はかっこもいいし、アクセサリー感覚で身に着けるやつもいる。ちょっと邪魔だけどね。でもアバターのこの体はあまり重さを感じないようにできているから、気にしない人も多いか。だって剣が重くて振り回せないんじゃ、ゲームは楽しめないだろ?
初期職業は『騎士』。上位職は『魔法騎士』。大振りの剣なのに戦士じゃないのって思った人、この剣はどっちでも使える上級アイテムだから問題ないんだ。レベルは百四十五。現在の上限ぴった。種族は『人間』。ギルドはいいよな?
我らがギルマス。名前は桔梗。どこもかしこも紫ばっか。
「やほーギルマスぅ。んで、ばーい、ギルマスぅ」
「は? 何言ってんだ? これから……」
突然の俺の発言に地図とにらめっこしててできた眉間のしわが消えていた。喜べギルマス!
「えぇ? 俺引率了承したっけか?」
初心者とか低レベルのギルメンと一緒にレベあげしてこいって声掛けされたけど、俺だってまだレベル百よ? なのになんで俺がお目付け役なわけぇ? てか、その前にメンドくせぇ。
「おい……お前それでも副ギルドマスターか……」
ギルマスは疲れたように頭を抱え込む。
そう、俺は副ギルマス。ま、ギルマス代理になれるけど、ほとんど意味のない役職。よく学校でも副班長とかいるけど、活躍しないでしょ? だって班長休まないし。的な? そもそも仕事ねぇし。
ちなみに副マスは各ギルド三人まで作れる。別になくたっていいんだけどね。作る時はギルマスの任命制。拒否権はあったけど、無言の圧力? あれには勝てなかったから、俺はなりたくてなったわけじゃねぇんだよこのやろーってな感じ。
ってか、本当は別に引率してもいいんだけどさ? うっざいクソガキならともかく、うちのギルドの初心者とか中級とかは聞き分けのいい、いい子たちばっかだしね。めんどいけど楽しめないわけじゃないからさー。
でもね?
「悪いね、ギルマス。俺一か月前から今週一週間予約されてたの。ほら、こういうのは上司より先約優先でしょ?」
「……」
頭痛がしてきたのかこめかみをもみ始めた。でもさ、俺のせいじゃなくね? 勝手に言い始めたのそっちだし。
「上司とか言うのなら、もう少しいたわってくれ……」
「やなこった。なんでおっさんいたわんなきゃなんねーの? ゲームだよ? 楽しく遊ぶのに上司も何もなくね?」
「…………」
呆れてものも言えないとはこのことか。……俺のセリフじゃねぇな。
ま、おっさんがどう思おうとどうでもいいし。てか、ちゃんと報告しに来ただけましじゃね?
「んじゃなー、ぎるまs」
ちんっと軽やかな鈴の音とともにエレベーターの扉が開いて小柄な二人が転がり込んできた。
「ちょっとちょっとクロさん!! いたんなら声かけてよ!!」
「アタシよりあんたの方がリーダーむきだっつぅの!!」
坊ちゃん系猫耳少年と、お嬢様系今時ギャル。うちの副マス、その一と二。三は俺な。
坊ちゃん系猫耳少年は名前のごとく良家の子息風の恰好をしていて、少年ながらもきちんとしている。いや、アバターだから本当に少年かどうかは知らねぇけど。
初期職業『調教者』、上位職『猛獣使い』。レベルは百三十九。俺より上だよ、俺要らなくね? 種族は『獣人』、猫耳は柔らかい茶色。髪も尻尾も同色。瞳はミルクティー。男アバター。
名前はシエルファ。
お嬢様系今時ギャルは外見はお嬢様だけど、中身は完全ギャルギャルしい。
初期職業『聖職者』、上位職は非公開。レベルは百四十。種族は『人間』。白とピンクの、いわゆるロリータ? で身を包み、頭にはヘッドドレス。髪はツインドリルのウィンターローズ。瞳はショコラ。女アバター。
名前はリリア・アトウッド。
坊ちゃんの方は見た目も中身もいいんだけど、お嬢様の方がなぁ。見た目は完全にビスクドールとかそこらへんなのに、口調が残念。超残念。
「おいこらクロちゃん!? いまなんか失礼なこと考えてなかったぁ!?」
ギロッてこっちを睨み付けてくるお嬢様なんていねぇしなぁ……。
「か、考えてないヨ」
「まじねえし!!」
「キイテヨー」
ほら、超残念。
「クロさん! ほんと今困ってんだよ!! ちょっとくらい年上として初心者指導を常日頃から……」
「バカクロ! アタシらまだ未成年のガキなんだよ! どっちかってぇと指導される側!!」
「僕らはまだまだ至らないところも多いし、今日ももうパンク寸前!!」
話から察するに、どうやらイベント運営はほぼこの二人にまかされたようだ。
現実でも二人は仲が良く、リア友ってやつらしい。だから二人の息はぴったり。この二人、片方が片方をフォローしながらやれるから組ませるとほぼ完ぺき。だからギルマスも任せたんだろう。
でも今は? どうやら? 上に立ってらんなくて? 俺に泣きついてるって?
「んで、逃げてきたわけ?」
副マスやるくらいだからリーダーシップあるはずなんだよ。甘えたいだけだな。
「「そうそう!!」」
「わりぃな。俺は一週間予約済み。テメェらで頑張んな」
「「はぁ!?」」
だいたい年上とかこういう時ばっか。溜め口聞いて暴言暴力自重したことねぇくせに。特にリリア嬢。
「あんたも副マスだろ!? 仕事しやがれっつぅんだよ!!」
「そうだよ! なんだかんだいつも仕事してないじゃん!!」
「俺は副マスになったからって仕事するなんて言ってねぇぞ? やらせたのはギルマス。よってギルマスのせー」
「おいこら、そこで俺に話しを振るか? 普通……」
全部責任押し付けてやったら疲れが増大したような声で入ってきた。なんだ、黙ってたからスルーしてくれるかと思ったのになー。
「ともかく! 俺もうそろそろ行かないと。時間がさ……ドタキャンなんて最低だろ?」
んー、できればこいつらに絡まれたくなかったんだよなー。長くなりそうだからなー。ギルマスに言ったらとっととトンズラここうと思ってたのに……。
「あと何分残ってる?」
ギルマスが苦い顔をしながらそんなこと聞いてきた。
「え、あ、あー、四十分強?」
「そんなら少しくらいいいじゃねぇかよ!!」
「ダメだっつぅの!! あいついつも約束の三十分前には来んだから!!」
「早すぎじゃない!?」
「だよな、俺もそう思うわ!!」
副マス三人でまたギャーこらギャーこらし始めた。
「黒鷺、ちょっと手伝ってくれねぇか? 新入りが多くてちょっと手間取ってんだ」
「あぁん? 手におえない分はとらない主義だったと記憶してんだけど?」
ギルマスの言葉的に、量より質の話だ。聞き分けのいいガキじゃなくて、ヒトの話聞かねぇ悪ガキがたくさん入ったってこと。
このギルドは入るだけでもいちいち軽い書類審査みたいな選定をする、めんどいギルドだったはずなんだけどな。ギルド内の秩序が崩れるからって?
「わりぃな。いろいろこっちにも事情ってのがあんだよ」
「大人のジジョーってか。へーへー。俺が言っても聞かないやつはやめさせちまえ」
「それは……そうだな、多少はどうにかするとしよう」
机についた腕に頭をもたせ掛ける。
やぁやぁ、うちのギルマスは大変そうだ。ゲーム内だとしても禿げちまいそうだよ? 残念だな。
「え? え? ってことはちゃんと仕事してくれんのクロさん!?」
ちゃんとってなんだろう……いや、確かに仕事はしてねぇけどさ、やるときゃやってたはずなんだけどなー……?
「マジでクロちゃん!? やったねサイコー!!」
「最初だけなー。三十分前になったら途中でも出てくかんな? おけ?」
「うっそ! じゃあ早くしないとねリリアさん!」
「行くわよクロちゃん!!」
「わっ、ひっぱんなって!!」
そうして俺はどんよりしているギルマスのためにも、主に引っ張ってくる副マス二人のせいで、レベあげ大会の場に引きづり出されたのだった。まる。