プロローグ
初めまして。世良亘と申します。
当作品を閲覧いただき誠にありがとうございます。
当作品はファンタジー小説と銘打っていますが、中身の大半はラブコメに近いかと思います。…その実、ラブコメですらなく、ファンタジー風の青春活劇だったりするかもしれないという事を初めに注意書きとして記させて頂きますので、何卒ゆったりと肩の力を抜きながらご覧頂くことを推奨いたします。
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この世界にはとある言い伝えがある。老若男女誰しもが聞く、寝物語の一説として。
〝―――世界15に別れし後に暗黒の力を持ちし者、深淵の世界より来たる。”
〝暗黒の力持ちし者降りたる地は草木枯れ果て、生命は芽吹かず、地は荒廃し、人は淘汰されるだろう”
〝暗黒の者、その頭部は獣に似て、黒い翼を持つ≪魔人≫なり”
母はその伝承を私が眠る前、いつも物語の様に創意工夫して私に聞かせてくれたものだった。子供心に聞いていた時分ではそれが何とも恐ろしく聞こえ、不安と恐怖に胸が締め付けられた。母に何度も訊ねたものだ。「ウチにはまじんこないよね?わたしたちのくにはへいわだよね?」と。
母は小さな私の頭をゆっくり優しくなでた後、頬を軽くつまむと少し意地悪そうに笑う。
「ライアが悪い子にしていると、きっとライアを攫っちゃうかも」
「いやーっ!まじんいやーっ!」
私は泣き出しそうになる。瞳の中に熱い水がたまり、しゃくりあげるとそれがこぼれていってしまう。
「大丈夫よ」
その日の夜も同様に、母は私をあやす様に抱き留めるのだ。「ライアはとてもいい子。私の自慢のかわいい娘。大丈夫、あなたは魔人なんかに連れていかれないわ」
それは毎日のお約束。怖い話をしてわざと私を泣かす様に仕向け、体力を使わせる事で睡眠を促す様にしている。そう気づくのは私がもう少し大人になってからなのだけれど、怖くても泣き出しても、私がこの寝物語を覚えているのは、母のぬくもりの愛おしさと、そしてもう一つ…。
「それにね、このお話にはちゃあんと、続きがあるんだから。ね?」
――その伝承…物語の続きというのが、すごく好きだったから。
〝暗黒の≪魔人≫災いをもたらす傍ら、時の剣が333を連ねる年、15の世界最も西の地に一人の男児産まれる。男児、神の御使いたる王により≪破邪の力≫を授けられ世界の暗黒を撃ち払う≪勇者≫たらん”
「ゆうしゃ?」私は何度も口にする。
「そう。この世界を平和に導いてくれる勇者様。この人がいれば、魔人に怯える必要なんて、ないのよ?」
≪勇者≫!なんて元気づけられる響きだろう!
≪勇者≫!なんて胸高鳴る響きだろう!
飽きずに聞きせがんだこの≪勇者≫伝承は、この時の私にとってはどんな吟遊詩人の語る歌よりも新鮮で、収穫祭で行われる催し物のどれよりも情熱的。…恥ずかしながら、熱に浮かされていたといっても過言ではない状態だったのだろう。
「じゃあわたし、おおきくなったらゆうしゃとけっこんして、いっしょにまじんをやっつけにいく!」
…こんな具合に。
厳密に言えば、この時世界にはすでに≪魔人≫と呼ばれる勢力が現存していたし、伝承に紡がれる時の剣が連ねる333の時数、つまりは平聖歴333年も当の昔に過ぎ、件の勇者もすでに生誕していたのだけれど当時の私はそんな事を知る由も無く…。
「そうねぇ…」
おそらく全てを知っていたであろう母は、そんな私の言葉に苦笑しながら言ったのだ。
「お母さんはどちらかと言うと、危ない事はしてほしくないかなぁ…。いくら勇者の宿命を受けたとはいえ、大事なライアを宿屋の息子にはちょっと、ねぇ?」
「?やどやの?」
「なんでもないわ。なんでも。さぁ、もう遅いから魔人に攫われないように寝ちゃいなさい」
「?はぁい」
平聖歴338年。私、ライア・ミィルは5歳の誕生日を迎えたばかりで、心赴くままに生きていた幼少時代に言った一言が、数年後膝を抱えてしまうほどの羞恥に襲われてしまう事など露知らず。
ここが15の世界最西端に位置する小国≪ライエル王国≫であり、勇者生誕の地と目されていた事も。
お隣で宿屋を営むシューネル家の次男が、まさか伝承に予言されていた≪勇者≫だなんて……。
知らないものはしょうがないのだ。