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未来はどこに 落ちている?

 明海の進路についての話しあいに、娘二人を成人させたYUKIを助っ人に連れてくることは、数日前に朔矢から聞かされていた。愚痴とも相談ともつかぬ朔矢の話に、協力を申し出てくれたと。

 だけど、どうして若い頃の朔矢の写真が?


「これは?」

 曖昧な私の質問に答えてくれたのは、YUKIだった。

「大学生の頃の写真やねん。一年か、二年生の頃かな」

「織音籠ができた頃の?」

「出来たて、の頃は、俺居らへんから。もうちょっと後やな」

 ああ、そう言えば。

 最初は朔矢もYUKIもいなかったって。

 他の三人が高校の文化祭でバンドを組んだのが発端、と聞いた覚えがある。

「ちょうど、ほら。使い捨てカメラが発売された頃やったから……」

 そんな解説を聞きながら、明海と二人でアルバムを眺める。


 途中で、朔矢が『溶けるから、片付けるぞ』と私の分のアイスも片付けてくれた。

 目だけで彼に礼を言って、私も見たことのなかった朔矢たちの若いころの写真に、明海と二人で見入る。



「うわぁ」

 感嘆とも驚きともつかない声を出したのは、私だったか明海だったか。

 数ページ目の写真。

 かなり明るい金髪を立ち上げた朔矢と。

 その彼にもたれかかっているのは……。

「これは……RYO?」

 長い金髪の所々をオレンジと緑を微妙にミックスした色に染めた、織音籠のキーボードだと思う。

「どれ?」

 私達の後ろから覗きこんできた朔矢が、笑い声を上げる。

「SAKU? 何の写真?」

「インコの頃のRYO、だな」

「アレも、結構キとったなぁ」

 南国のインコと言われれば、確かに。そう見えてしまう。


 一冊目を見終えたところで、YUKIが明海に声をかける。

「そんな連中が居るトコやねんで、大学って」

「はぁ」

 そうは言ってもコレは、かなりレアケースではないでしょうか。



 今度は朔矢が、いつの間にか持ってきていたアルバムをテーブルに広げた。

「お父さん? 今度は何?」

「俺の卒業アルバム」

「えぇ?」

 去年、実家で私の卒業アルバムを見つけた時の千晴とよく似た反応に、つい笑ってしまって、明海に睨まれる。

「この派手な兄ちゃんたちが、どんな中学生だったかっつうとな」

「兄ちゃん”たち”?」

 娘の疑問を笑って流した朔矢が、栞の挟まれたページを開ける。

 部活ごとに撮られた写真のページ。

「バスケ部に、お父さんがいるだろ?」

「あ、うん」

 二列に並んだ部員の内で、一番背が高い人物が指差される。

 

 出会った時にはゴールデンレトリバーのような色だった彼の髪も、染めるのを止めた最近では白に近いグレーになってと、変化してはきたけど。

 丸刈りの朔矢なんて、想像もしたことがなかった。



「で、だ。こっちのコイツ。見たことねぇ?」

 次に指差されたのは、隣のバレー部の写真。

 朔矢が示したのは、ここでも一番背の高い少年。

「JIN、さん?」

「アタリ」

 中学生の頃、嫌なあだ名をつけられて。ほとんど喋らなかったと聞いたことのある織音籠のボーカルは、見るものの視線を厭うように、目を伏せていた。


「どうよ。ふたりとも、地味、だろがよ」

「それ、自慢するトコと違うやん」  

 胸を張る朔矢に、YUKIが突っ込む。

 そんなYUKIに、さっき私たちが見ていたアルバムを取らせた朔矢は、パラパラとページをめくると卒業アルバムと並べて置いた。

「このさ、人目を避けるようなJINが、高校でRYOと出会って、三年の間に歌う楽しさを知って」

 節高い朔矢の指が、一枚の写真を指し示す。


 楽しそうに歌っているステージの写真は、どこかの学園祭のものらしい。

 今現在と変わらぬ、人懐っこい大型犬のような目をしたJINと、その後ろにドラムセットに囲まれたYUKIが写っている。

 この角度だと……その隣が定位置の朔矢は、写っていない。 

「俺やYUKIも巻き込んで、織音籠を生み出した」

「……だから? 私にも大学に行けって言いたいの?」 

 明海の声が尖る。 

 そんな娘からYUKIへと視線を流した朔矢は、バトンタッチをするように彼の肩を軽く叩くと、食べ終えた二人分のアイスのカップを手にお台所へと立ち去った。


 流し台から、水音が聞こえる。

 その音をバックに、YUKIが口を開いた。


「あーちゃん。どれだけ『嫌や』って言うても、SAKUの娘に生まれてしまったんやから。諦めたら?」

「……誰も、頼んでないもん」

「あんなぁ。人生は頼んでないこと、たくさん起きるで?」

 小さく笑ったYUKIの言葉に、明海がプイッと顔を背ける。


「あーちゃんが生まれた頃、大きい地震が起きたやろ? その十六年前には”阪神・淡路”も。……って、知美さんは、その頃は大学生?」

 と訊かれて、YUKIの故郷を襲った地震を思い出す。 

「はい。卒業の直前で」

「そうやんなぁ。ええか。あーちゃん。二つの地震で、何人が命落としたと思う? その人らが、頼んだ人生か?」

 極端な例えに、明海が慄いたように首をふる。

「俺らかって、そうやで? あーちゃんのお父さんとお母さんが結婚した頃、織音籠、活動停止しとったし」

 YUKIの言葉に、結婚前のこと。朔矢と別れるかどうするかで悩みに悩んだ半年を思い出す。

 あの時は、私もYUKIに相談に乗ってもらった。

 『こんな稼業の男に惚れたら、諦めて、腹くくるしかないやん』と、背中を押してもらった。


 そんなことを思い出していると、

「やからな。あーちゃん。諦めて、腹くくり。お父さんの子に生まれてしもたんやから」

 懐かしい言葉がYUKIの口から出てきた。

「織音籠の”子供”は皆、嫌でも通る道やん」

「YUKIさんの所も?」

「そうやで? JINの所の(かける)も、そうと違う?」

 明海と同い年の翔くんの名前が出たことで、娘の表情が何かを考えるものになった。


 朔矢がタイミングを見計らったように、新しく入れなおした麦茶のグラスを四つテープルに並べる。

「……翔くんは、そんなこと多分考えてない」

「はぁ?」

「翔くん、は、だって。私と違って、平気な顔してるもん」

 口を尖らせた明海がグラスに手を伸ばすあいだ。大人三人で顔をみあわせて。

「明海? 翔がなんだって?」

「翔くんも同じクラスだけど。『俺、お母さんに似てるから』って、JINさんと比べられても、スルーしてるし」

「同じクラス?」

 知美、知ってたか? と、朔矢に訊かれて首を振る。

 個人情報の保護が徹底されて。学級名簿なんてものはもう何年も配布してないし、子供たちのを見たこともない。 

 そもそも、同じ高校に進学したことすら、知らなかった。

 明海の高校の入学式は、仕事の合間に短時間顔を出しただけだったし。



「んなモン、翔はとっくに乗り越えた、っつうことだろうがよ」

「オトナやなぁ」 

 朔矢とYUKIが交わす笑い混じりの会話に、娘は面白くなさそうな顔で麦茶に口をつける。

 会話の合間。パラリ、パラリとミニアルバムをめくっていたYUKIが手を止めた。


「あーちゃん。とっておきの秘策、教えたろか?」

 声を潜めたYUKIを、胡乱な目で見た明海が、それでも話を聞くそぶりを見せる。

「お父さんから、いっぺん、離れてみ?」

「YUKI? お前、何を……」

 怪訝な声を上げた朔矢の口が、YUKIの手で軽くふさがれる。

「SAKUは、しばらく黙っとき。あんな、俺、こっちの出身やないやん?」

「うん」

「こっちの大学来たら、俺のこと誰も知らんわけやん」

 ま、地元でも有名人なわけ違うけど。

 そう言いながら麦茶で口を湿らせたYUKIが、言葉を続ける。

「大学入る時でも、卒業する時でもええわ。いっぺん親元離れてみたらええねん。あーちゃんとお父さんのこと、知らん人ばっかりの所で暮らしてみ?」

 ”冒険することが苦手な”明海の視線が、テーブルの上をさまようのが隣に座っていても分かった。


「それにな。今、高校辞めて、小説家に”もしも”なれたとするやん? 出版社の人が、この家に来て、お父さんと逢うで? あーちゃん未成年やから、契約関係には親の了承がいるし」

「……そう、かなぁ?」

「そう、やねんって。で、な? ”そう”なってみ? あーちゃんのデビュー作、百パーセント煽りに”織音籠の娘”の文字がはいるで?」

「そんなの、嫌っ」

「やろ? やったら、親元離れる体力をつけてからでも、遅くないのと違う?」


 空になったグラスをテーブルに置いたYUKIが、明海の背中を押すように言葉を重ねる。

「俺は、この街に来て、織音籠と未来に出会えた。あーちゃんの未来、ここやない街におちてへんか?」



 帰っていくYUKIを送りがてら、駅前の本屋へ行ってくるという朔矢たちを送り出して。

 さっき残したアイスを明海と二人、差し向かいで食べる。

「お母さん」

「なぁに?」

「YUKIさんが言うように、他の街で進学する、って言ったら……許してくれる?」

「そうね。下宿代とかもかかるから、あまり学費の高い所は無理だけれど。ある程度、なら」

 『獣医さんになりたい』と、幼いころに言っていた彼女の言葉を、半ば真に受けて。

 ある程度の貯金はしてきたつもり、だ。

 

 抹茶味のアイスが、喉を滑る。

「明海」

「うん?」

「そんなに、お話が書きたい?」

「……うん」

「小説を書くのが片手間で、できることだとは言わないけれどね。ほら、あなたが小学生の頃」

 と、昔、明海が千晴と二人でお小遣いを出し合って買い集めていた児童書作家の名前をだす。


「あの人、学校の先生をしながら小説を書いてたのね」

 小学校の図書室にもあるような本だから、教師の間では有名な話だったし、本人もあとがきで書いていたことがあったように思う。

「それに、明海が生まれる少し前に直木賞を取った作家の人も、高校の先生だったって」

「ふぅん」

「お母さんと同じ仕事量をこなして、その上でお話を書く人たち、よね」

 少し緩くなったアイスを掬った私の顔を見つめて、明海はスプーンを咥えて首をかしげている。

「部活も勉強もあるから、明海も忙しいとは思うけど。本気でやりたいことなら……今すぐにでもできることは、何かあるんじゃないかな?」

「そう、かな?」

「お父さん、一つの曲を作詞するのに、どれだけ準備しているか知ってるでしょう?」

 耳にとまった言葉を書き留めて。

 愛読書は国語辞典だと、公言している人だから。

 私たちの身近にいる人の中で、一番言葉に貪欲な人だから。



 その背中を見て育った明海なら

 ”小説に呼ばれる子”だというなら

 今、できることから、始めてごらん。

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