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逮捕されたお地蔵様

 ここはとある住宅地。その道端に、一人のお地蔵様が立っていました。


 この場所がまだうっそうとした森に覆われていた頃から、この道を行き来する人をお地蔵様はずっと見守ってきました。様々なお供え物をする人には幸運を与え、困っていたり苦しんでいる人を見かければ持ち前の力でこっそり手助けをする一方、悪い事をたくらむ輩には得意の『天罰』で様々な不幸をもたらしてきました。勿論すぐに怒るわけではなく、自分のした事に気づいて反省する猶予を三回まで与え、それでも改心する様子が無ければ、最大級の天罰を与えて、力ずくで反省を促してきたのです。


 そんなある日、お地蔵様がのんびりと道を歩く人を眺めていると――。


(むむっ、あやつらは……)


 賑やかに歩く子供たちの姿が見えました。しかしその途端、お地蔵様の顔は厳しいものへと変わりました。何故なら、その子供たちはお地蔵様がずっと頭を悩ませてきた存在だったからです。給食のパンで遊び始め、嫌いなスープを他の人に押し付け、さらには鉛筆や消しゴムをどんどん折っては捨てていく。彼らはまさに絵に描いたような悪ガキたちだったのです。今回も何か悪い事をしたらしく、先生に怒られた事を愚痴っていました。


「ちえっ、あんなに怒らなくてもなぁ……」

「腹が立つよな、あの先生」

「そーだよ、彼氏がいないからってさー」

「いるわけないじゃん、あんな怒ってばかりの人。俺だったら即効お断りだぜー♪」


 厳しめに注意し、彼らを諭そうとした先生の努力は今日も無駄に終わってしまったようです。先生に対するセクハラ発言まで飛び出しながら近づいてくる悪ガキたちを不機嫌そうに眺めていたお地蔵様は、彼らの足が自分の方に向かっている事に気がつきました。


(な、なんじゃ……?)


 お地蔵様を囲むように集まった悪ガキの一人が、突然鞄から何かを取り出し、お地蔵様にぶちまけました。

 なんとそれは、授業で余った墨汁だったのです!


「あはは、見ろよこのイラっとしてる顔!」

「いっつもこの場所にばかりいるからだよなー♪」

「そーそー、足があれば逃げられるのに、可哀想だよなー」


 言いたい事をぶちまけながら黒い笑いを漏らす悪ガキ――いえ、クソガキたちに、お地蔵様は怒りをふつふつと燃え上がらせていました。ですが、まだ天罰は与えず、じっと耐えることにしました。先生の陰口を言った事で一回、墨汁をぶっ掛けて怒りを紛らわした事で二回。あと一回、何かをやらかさなければ、そのまま見過ごしてあげよう。そう考えたのです。


 しかし、お地蔵様の寛大な心は、無駄に終わってしまいました。


「それーっ!」


 クソガキたちは墨汁ばかりではなく、なんと飲みかけのジュースやら何やら、様々な飲み物を、お地蔵様の頭からぶっかけ始めたのです。何も抵抗しないのをいい事に、完全に彼らはお地蔵様を遊び道具にしていました。そればかりか、まだ飲めるはずのお茶やジュースを、自分たちの快楽を紛らわすための玩具にしていたのです。

 こうして、お地蔵様が与えた猶予はあっという間に無くなりました。


(――許さん!)


 そして、お地蔵様は自らの持つ凄まじい力で、クソガキたちに特大の天罰を与えたのです。


「な、なんだ!?」

「うわあああああ!!!!」


 立ち去ろうとしたクソガキたちは、突然の道路の陥没に巻き込まれ、そのまま落とし穴に一直線に落ちてしまいました。体の痛みや突然の事態に泣き出す彼らでしたが、お地蔵様が作りだした落とし穴はあまりにも深く、いくら泣き叫んでもその声は地上に届くまでにか細いものになってしまいました。


「うわあああん、助けてくれよおおお!」

「誰か出してーーー!!」


 こうしてクソガキたちは、深夜になって警察や保護者を巻き込む救出劇が起こるまで、ずっと大泣きを続け、自分たちの罪を反省したのでしたとさ。


 これで万事めでたしめでたし。全ては解決した。このとき、お地蔵様は自分の行いに満足していました。




 ですが、それから数日後、事態は一変しました。


『な、何者じゃ、お主ら!?』


 自分の周りを取り囲む謎の男たちに向けて、お地蔵様は疑問を投げかけました。一体何があったのか、自分の身に何か起きたのか、と、自分の力を用い、男たちの脳内に直接語りかけてきたのです。ところが、返ってきたのは予想外の言葉でした。青い髪に黒い瞳、そして青系の衣装に身を包んだ男たちは、警察署で働く警官である、と言いました。。


 そして、お地蔵様の前に立った警官の一人が、はっきりとした口調で告げたのです。


「お地蔵様。あなたを器物破損と殺人未遂の疑いで逮捕します」


====================================


 それから数ヵ月後、お地蔵様――いえ、地蔵被告人は法廷の前で絶叫しました。

 

『だから何故わしが悪い事をしたと認めなければならんのだ!?』


 今までもずっと同じように、落とし穴を作ったりお金をわざと落とさせたりと言った天罰を用いて、悪事を犯した人間を罰し、反省させてきた彼。ですが、突然それが悪い事であり、人間たちの手で逮捕されるという事態になってしまっては、声を荒げるほかありませんでした。

 勿論、彼に味方をする弁護人たちも同じ意見でした。昔から続くルールを蔑ろにする気なのか、と地蔵被告人と共に怒りの声をあげました。


 ですが、対する検察側は冷静かつ非常に冷酷な反論をしてきました。


「あの道路はお地蔵様のものではなく、通る皆のものです。そこに勝手に落とし穴を作ると言う事がどれだけ悪い事なのか、ご存知ですよね?」

『そ、それはそうじゃが……し、しかし!』


「そして、貴方の開けた落とし穴。その深さは、人間を殺す事すら可能なほどでした」


 幸い今回は打ち所が良かったのか、クソガキたちは軽い怪我だけで済み、今までの自分の罪を反省して、真面目に勉強や遊びに取り組む良い子になりました。勿論給食も残さず食べて、他の誰かが苦手とする食べ物もぺろりと食べてあげるほどです。ところが、それで納得いかなかったのが、子供たちの親でした。

 いくら天罰でも、ここまでの仕打ちを自分たちの大事な子供に与えるなんて絶対に許せない。子供たちが受けた苦しみを、お地蔵様も受けるべきだ。その声に警察も動き出し、しばらく道路を通行止めにせざるを得なくなった事実も含め、お地蔵様を容疑者として逮捕するにまで至ったのです。そして、傍聴席には地蔵被告人を恨み混じりの複雑な目で見つめる親たちの姿がありました。


『お、お主ら……わしはお地蔵様だぞ!』


 このような行為、どのような天罰が下るか分からない。そう言おうとした地蔵被告人でしたが、その言葉は裁判官によって阻まれてしまいました。それどころか、釘を刺されてしまったのです。ここは厳粛な裁判の場。いくらお地蔵様でも、もしここで『天罰』と言う妨害行為をしようものなら、さらに罪を重ねる事になる、と。


 その後、検察側が次々に証拠を挙げ、冷静な言論を続けた一方、地蔵被告人側は声が小さくなっていきました。いくら過去の事例を持ち出しても、どれだけ自分の立場を説明しても、感情論に訴え続けてばかりだった彼らは不利な立場にならざるを得なかったのです。


 

 そして、全ての審議が終わりました。


 長い話し合いの末、裁判官は厳かに、しかし一字一句漏らさないように、今回の裁判の判決を言い渡しました。


「被告人、お地蔵様を――」 



 ――その言葉が出た時、地蔵被告人はまるで時間が止まったかのように感じました。こんなのは嘘だ、絶対に間違っている。わしの聞き間違いだ。何度も何度も心の中で否定しようとしましたが、最早その判決が覆る事はありませんでした。自分が有罪となり、あの場所から撤去され、刑務所に収監されると言う、判決文の内容が――。


 まだ一度目の裁判の段階、控訴する事が出来る。自分がやった事は間違っていない、ということを証明できる機会は残されている。弁護団は必死に地蔵被告人を励まそうとしましたが、その声は最早届きませんでした。今回の裁判で、自分が天罰を与えるという事が、人間たちの手によって否定されてしまった、と言う事が、彼に重くのしかかっていたからです。

 声も出せず、じっと立ち尽くす他、地蔵被告人――つい数ヶ月前まで、人々から『お地蔵様』として親しまれていた存在――は何も出来ませんでした。


 そして、そんな彼の元に裁判官が近寄り、そして告げました。神様を自分たちの手で裁く事態になってしまった事は、非常に遺憾であり、恥ずべき事かもしれない、と。そして、彼はもう一つ、諦めのような複雑な表情を見せながら、こう言ったのです……。



「……ですが、もう時代は変わったのです。仕方が無い事なのです。

 今の世の中は、人間も神様も、一度でも怒ってしまうと、全てが終わってしまうのですから……」

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