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獣臥 5

朝、窓から入り込んだ木漏れ日で目が覚める。

体を起こして伸びをすれば骨がバキバキと音を立てた。

「っくぅぅ…っ!」

荷物は昨日の内にまとめてある。

背嚢を背負い静かに扉を開けた。

朝靄が木々の間を流動し消しておくを見せることはない。

とても幻想的な風景だった。

「あら、本当に行くのね」

「起きてたのか」

後ろを向けばまだ眠たいのか寝ぼけ眼を擦るアセナの姿があった。

「貴方の起きる音で目を覚ましたわ」

「それは……すまなかったな」

「いえ、何も言わずに言ってしまう冷徹な人を見送ることが出来て良かった」

「……。」

「森の外まで見送るわ」

「あぁ」

鳥もまだ鳴かない静かな森の中を二人であるく。

ざく、ざくと草を踏む音とふたりの微かな呼気の音だけがあたりに響く。

歩いていれば村に着く。

「ここでお別れね」

「本当にここに残るのか」

「えぇ。私は獣だもの。森でしか生きられない。ましてや、私を知っている人の住む場所ではとてもじゃないけど生きられないわ」

「そうか……」

「でも。でも、牙を抜き、爪を研ぐことも忘れて貴方の傍で過ごすのもとても幸せなことだと思うわ」

「……」

「行ってちょうだい。人が来るわ」

「あぁ。また来る」

「待ってるわ」

アセナに別れを告げると三日ぶりに森の近くの村へと入った。

宿が空いているといいが。

ノックをすると見送ってくれた宿の主が顔を出す。

「ヒナタさん!無事だったんですね!てっきりもう……!」

「はは。三日くらいで大袈裟な。ちょっと珍しい植物が多かったので探索していました」

「三日って……ヒナタさんが出てからもう3週間は経ってるんですよ!」

「そんな馬鹿な……」

「本当ですよ!いや、無事で良かった。本当に狼に食べられたんじゃないかと」

「本当に…三週間も?」

「えぇ……どうかしたんですか?」

「ちょっと失礼します。」

背嚢の中身を確認する。

「これも…これも……コイツもか……」

中を開けてとってきた植物を見てみるとどれもこれも乾燥してバリバリになってしまっていた。

「一体どういうことだ……?」

まさか本当に……?

いや、待て。

似たような話をどこかの文献で読んだことがある。

豊かな土壌。獣臥。時間がずれる。

「……そうだ。噂で聞いたことがある……【邯鄲《かんたん》 】だ」

特殊な声で鳴く虫で近くにいると時が経つのを忘れるという。

出てくる場所は普通ではありえない場所と聞いた。

地面をさわってみればあの森とは比べ物にならないほど固い。

畑を作るのも一苦労だろう。

こんな土地の近くにあの豊かな土壌。

本当にそんなものがいるとすれば、ああいう所に住んでいるのだろう。

「どうかしたんですか?急に黙り込んで」

「いや、ちょっと森の中に忘れ物をしてしまいましてね。少し行ってきます」

「はぁ……お気をつけて」

森の中へ入っていくと登ったばかりのはずの太陽は真上にからこちらを照らしつけていた。

「やはりずれている。最初に入ったときは奇跡的に一緒の時間帯になったんだろうな」

気をつけて聞いていれば何処からか聞いたことのない虫の声が聞こえてくる。

りともきともつかないその不思議な音は人間の言葉では表すことのできない不思議な声だった。

「声はすれども姿は見えず……か。」

記憶を頼りに道なき道を進む。

見えた。

あの家だ。

「遅かった……か。」

外から見てもダメだとわかるほどあの家はボロボロになっており、屋根は落ち、壁は崩れ扉は用を成さなくなっている。

中に入ってみれば草が生え、動物の毛や糞が落ちており人が住めるような状況ではなくなっていた。

ベッドは辛うじて姿を残しており、布団を剥ぐと白骨が完全な形で残っていた。

人にはない尾や耳、犬歯を見る限り彼女だろう。

「すまないな。何年も待たせて」

出会うはずのない彼女と出会えたことは邯鄲のおかげではあるが、何年もまたここで一人暮らし続けたということを考えるとどうにもやるせない気持ちになる。

「また、来るよ。手土産でも持って」

感傷になってしまうが、もっと別の形で出会えたらと思わずにはいられない。

やや沈んだ気持ちになりながらも彼女の骨をひとつにまとめ地面に埋める。

「俺が覚えておいてやる。安心して眠れ」

容赦なく太陽が照りつけ、りともきともつかない不思議な声が森の中に響いた。













獣臥はこれで終了です。

新しいネタが思いついたら始めようと思いますので、よろしくお願いします。

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