獣臥 4
俺がアセナの家に留まり二日が過ぎた。
話慣れていなかったのか彼女は初めて会った時よりも饒舌になり、耳を隠すことをしなくなった。
まさか尻尾もあるとは驚きだったが。
この森には澄んだ泉もあれば動物も多い。生きていくには申し分ない土地だ。
だが……。
「アセナ。」
仲も深まり呼び捨てで呼び合う仲にもなった。
「なに?ヒナタ。」
「明日の朝、出ることにする。」
その言葉にアセナがひどく狼狽した。
「もう少し……ゆっくりしていかない?」
その声は震えていて、こちらを見る顔は捨てられそうな少女のようだった。
「ほら!ここは美味しい食べ物もいっぱいある!動物も!植物も「すまない……。」ッ!。」
「そうね……そういう約束だったもの。そろそろ戻りましょう?日が沈むわ。」
空を見上げれば既に太陽の姿はなく、橙色の雲が山の向こうへ消えていこうとしているところだった。
直に夜が来る。
夜行性の獣は得てして肉食だ。
ここにも間違いなくいるだろう。
日が暮れる前に彼女の家へと戻る。
ここ数日暮らしてわかったことがいくつかある。
彼女は肉を食べないこと。
いや、あれば食べるのだろうが肉を取る手段を持っていなかった。
代わりに釣りをして魚を取っている。
あとは自生している野菜と果物という質素なものだった。
ここでの最後の食事も変わらないものだった。
「ヒナタがいなくなると寂しくなるわ。」
カチャリとナイフをおいてポツリと呟く。
「一年もすれば戻ってくる。ここにはほかではあまり見ない植物が大量にあるからな。」
「ふふ、出稼ぎみたいね。」
「ここを家にするならな。」
「……ねぇ、もし、もしもよ?IFの話。貴方が私を好きになってくれたらここで暮らしてくれたのかしら?」
「…好きになっていたとしても俺は多分旅を続けただろう。」
「ひどい。それって暗に今私のことを好いていないって言ってるようなものじゃない。これでも見た目には自信があるのよ?」
「箱入り、いや、森入り娘がそれを言うか。それに俺が旅を続けるのは目的……いや、夢があるからだ。」
「それってどんな夢?」
「名を残すこと。偉大なる繰師ヒナタ様ってな。例えばだ。お前を知っている人間がどれだけいる?」
「貴方だけ。」
「……。」
「……。」
「ま、まぁ。それで俺が死んだとする。そうすればお前がここにいることを知っている奴は誰もいなくなる。それはある意味死んだことと等しいじゃないか。俺は俺が死んだあともこの世のどこかに俺が生きた印を残したい。」
「立派な夢ね。」
「そうか?これを話すとよく笑われる。それなら結婚でもして子を残せってな。」
「ふふ、それもそうね。」
「まぁ、繰師の仕事も気に入っているんだ。しばらく所帯を持つ気はない。一箇所にとどまり続けるのは俺の症にも合わないしな。」
「一箇所に……。」
「ん?」
「一箇所に、とどまらなければ、所帯を持ってくれるかしら?」
直ぐには、言葉を返せなかった。
「なんてね。冗談よ。そろそろ片付けましょう?」
「あ、あぁ。そうだな。」
気づけば皿は空になっていた。
汲んできた井戸水で洗い、干しておく。
「蝋燭、消すぞ。」
「えぇ。」
夜、いつまでも蝋燭を灯しておくのは得策ではない。
その分金と寝る時間が減っていくのだから。