表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

乙女ゲー短編

ヒロインウォッチング

作者: まめ

 日差しは温かく桜は満開の春。とある高校では入学式が行われていた。この高校は少し変わっており、入学式には在校生全員が出席しなければならなかった。が、二年生の甘粕千代(あまかすちよ)長崎和豊(ながさきかずとよ)はそれをさぼり、校舎の二階の窓際から外を眺めていた。

  甘粕千代は、この世に生まれ落ちた時から前世の記憶を持っていた。自分でもかなり痛い女だとは重々承知しているが、前世の記憶によるとこの世界は乙女ゲームらしい。乙女ゲームって何それ気持ち悪いと自分でも思うのだが、キモオタだった自分の前の人が、この世界と全く同じ世界観や登場人物のゲームをやり込んでいたのだから間違いない。まあ甘粕千代なんて名前の人物はいなかったので、彼女は脇役Aくらいの存在なのだろう。

 ただ少し変わっていることといえば、彼女は隠れ攻略キャラである長崎和豊の幼馴染だということだ。ゲーム内にはそんな存在なんて登場しなかったので、一体どういう事なのかと千代は悩みもしたが、そういえばゲーム内には彼の両親も出てこなかったのだから、そういう存在だっていただけで表現されていなかっただけだろうという考えに至ると、もうどうでもよくなり悩むのを止めた。

 更に言えば和豊は作中では無表情で無口。他人に無関心というキャラクターだったのだが、彼をよくよく見れば微妙に表情が変化しているし、他人に感心が無いわけではなかった。それに無口でもなく、話し掛ければ言葉を返してくれる。きっと作中の和豊は周囲に誤解されているからか、話すのが面倒くさかったのだろうと千代は思った。だって和豊は、千代のくだらない冗談にだって付き合ってくれる良い奴なのだから。


「いやはや。今日も素晴らしい感じで、ヒロインの薩摩さんは男に飢えていますね。今日の彼女は、どのように攻めてくると思いますか? 解説の長崎さん」


「そうですねえ。今日は何と言っても入学式ですからね。新たな攻略キャラである、後輩が入ってくる可能性がありますよ。ですので今日の彼女は思いがけない行動を起こしかねませんね」


 式が終わったらしく体育館の出入り口から続々と人が溢れており、彼らはその中から目ざとく目当ての人物を見付けた。彼らが注目する人物は、体育館の出入り口付近でキョロキョロと視線を巡らせながら誰かを探していた。その姿は飢えた肉食獣のようで、見る者にかなりの不信感を与えるものだった。

 薩摩と呼ばれた少女は、ゲームのヒロインだ。彼女はヒロインなだけあってか、少したれ目気味の大きな目に形の良い唇。鼻はすっと筋が通っており、それらが絶妙のバランスで顔に配置されている。更に背が小さく華奢で、彼女は男にとって守ってあげたくなるような小動物系の美人だった。

 それにしても、この様に目を爛々とさせ食い入るように人混みを見ながら、小刻みにステップを踏むようにして体を動かす挙動不審ぶりでは、折角の美人が台無しだった。


「なるほど。確かにそうですね。こちらの手元に届いた情報によると、新入生に福岡懐良(ふくおかかねよし)君という美男子がいるそうです。また福岡君は天然でふんわりした掴み所のない性格だそうですよ。これは今までのキャラには無い特徴ですね」


 千代は薩摩のその様子を観察しながら、持ってもいないメモを見るような仕草をし、実況解説ごっこを楽しんだ。それに対し和豊は突っ込むどころか、のっかかって一緒にふざけだした。彼のその一見、無表情にしか見えない顔はご機嫌だった。


「そうですねえ。ツンデレ、俺様、堅物、チャラ男、言葉だけオネエ、中々に多様なキャラがいましたが、この路線はまだでしたね。これは彼女が飛びつきそうです」


「ええ。全くもって仰る通りです。おおっと。早速、福岡君を見付けましたね。ここで偶然を装っての体当たりです!」


「上手くいきましたね。ただ意気込み過ぎたのか、力が強くて福岡君が激しく転倒してしまいました。これは予想外でしょう」


 薩摩は体育館から出て来た福岡少年を見付けると、人混みに押されて福岡にぶつかったように見せかけイベントを起こそうとした。作中では後輩の福岡懐良とイベントを起こすには、二年生の春に入学式に参加しなければならない。そこで人混みに押されたヒロインが、福岡とぶつかるというお約束の展開があるのだ。

 しかしこの薩摩さんは不器用なのか何かしら詰めが甘く、今まで攻略キャラとのイベントを起こしたものの、何故か失敗続きで誰一人として攻略出来ていない。その焦りが出たのか彼女はかなり勢いよく福岡にぶつかってしまい、福岡は投げ飛ばされるようにして地面に倒れてしまった。


「ああ今、福岡君が上体だけ起こしました。ここで薩摩さんは、すかさず手を差し伸べます。おおっと、これは意外! 事前情報では天然だという福岡君が、薩摩さんを睨んでいますね!」


「ええ。これは明らかに睨んでいますよ。力が強すぎて、態とだというのがばれたんでしょうね。これは大きな失敗です」


 それもそうだろう。天使のようだと形容される綺麗な福岡の顔は、今や擦り傷だらけになっている。ちょっとぶつかっただけでは、こんなにひどい傷を負うはずがない。そうとなれば態とやったことくらい容易に想像出来るはずだ。


「ああ、福岡君は彼女の手を取らずに立ち上がりました。それから少しの間、薩摩さんを睨んでからの退場です。おそらくは保健室に向かったのでしょう」


 福岡は彼の隣に偶然いた別の女の子に付き添われ、保健室がある方へと歩いて行った。もしかしたら福岡ルートは付き添いの彼女で決まりかもしれない。


「完全に失敗ですね。これでは後輩ルートに入れそうもありません。彼女は既に他の六人の攻略に失敗していますから、完全にノーマルエンドルート又はバッドエンドルートに入りました。これはまずいですね」


「あれ? ですが長崎さん。まだ彼女は、長崎さんを攻めていないのではありませんか? ですのでまだ長崎さんのルートがありますよ?」


 確かに薩摩は、福岡を含めた表キャラの六人の攻略に失敗しているが、まだ手つかずのキャラが一人残っていることに千代は気付いた。だって幼馴染の和豊は隠しキャラなのだから。


「ああ、そのことですか。既に私のルートはありませんので、彼女はもう失敗しています」


「ええ! いつの間にそんな事になっていたんですか。それは知りませんでした」


「長崎ルートへは、一年から二年の春までの間にヒロインが休日に買い物に出かけ、そこで一人で街をぶらついている長崎と五回遭遇しなければならない。そうでしたよね、実況の甘粕さん?」


「ええ、仰る通りです。長崎さんと私は生まれた時から一緒でしたので、すっかり忘れてしまっていましたが」


 千代は和豊と物心がつく前からの知り合いだったのですっかり忘れていたが、確かに長崎ルートに入るには外をヒロインが一人でぶらつかなければならなかった。でも高確率で長崎と遭遇するので、はっきり言って長崎ルートはかなり簡単に入れるはずだ。


「ですが私はこの一年間。休日は主にあなたと過ごしていましたし、そうでない時は友人の摂津か土佐と過ごしています。また一人の時は街をぶらついていませんので、彼女が今更どうあがいても長崎ルートには入れないのです」


 そういえば高校に入ってからというもの、今までもべったりと千代と一緒にいた和豊が更にべったりとくっ付いていた気がしていた。それにはこういう理由があったのかと千代は驚いた。そこまでして和豊はヒロインに攻略されたくなかったらしい。


「なるほど。しかしながら、長崎さん。信頼のおける情報筋によりますと、なんと言葉だけオネエの佐賀篤実(さがあつざね)氏が最近、薩摩さんが可哀そうすぎて見るに堪えない。何とかしてやりたいと言っているのをご存知ですか?」


 信頼がおけるも何も佐賀は千代の友達であり、そこから直接聞いただけの話である。佐賀はオカン体質の面倒見のいい人物で、それを不器用な薩摩が刺激して保護欲を掻き立てて止まないらしい。


「ほう、それは初耳です」


「ですので、もしかしたら変則で、佐賀ルートに入ることも可能かもしれませんよ」


「それはいいですね。是非ともその方向に進んで欲しいものです。そうとなったら私も協力は惜しみませんよ」


「そうなんだ! じゃあ、あっちゃんに伝えておくね!」


「うん。絶対に二人をくっ付けてみせるよ。………千代の近くにいる男なんて俺だけで十分だよねえ? いつ消してやろうかと思ってたから、手間が省けたよ」


 ごっこ遊びをやめた千代に、和豊も普段の口調でそう言うと破顔した。とはいっても千代と彼の友にしかわからない程度の変化であったけれど。ついでにいえば、和豊が最後の方に小声で何か物騒なことを言っていた気がしないでもない。

 このやり取りを近くで見ていた和豊の友人である摂津と土佐は、千代を憐れむ目で見ていた。


「ねえ、千代ちゃん。本当にいいの? 和豊本気だよ? 今なら逃げれるかもしれないよ? まあ多分手遅れかもしれないけどね。何ていうかその、頑張ってね?」

 

 後日二人に囲まれ、その様に千代は励まされた。千代はよく分からなかったが、取り敢えず礼を言うと益々憐れんだ目で見られた。

 更に俺様の鹿児島教諭とその弟のツンデレ鹿児島生徒会長からは、無言で頭を撫でられ、それからお菓子を両腕で抱えきれない程いっぱいに貰った。二人が千代に強く生きろよと言っていたのは何故だろうか。

 ついでにいうと、いつもは犬猿の仲の堅物の剣道部部長である大分と、帰宅部リーダーであるチャラ男の宮崎が何故か揃って千代の元へやって来た。そうして二人揃って力になれないけど応援していると言い残し、またもや抱えきれない程のお菓子をくれたのだった。


「泣きたくなったらいつでも家にいらっしゃいね? あんたの好きなかぼちゃパイ、いくらでも焼いてあげるからね? 悲観しちゃだめよ?」


 トドメとばかりに一番の友達の佐賀篤実からも、訳の分からないことを言われてしまった。別に千代は全くもって人生を悲観していないのだが、篤実のほっぺが落ちそうなくらい美味しいかぼちゃパイが食べられるのは嬉しいので、お言葉に甘えて食べに行こう。

 和豊の長期計画により、じわじわと外堀を埋められているのに気付かず、千代はのんびりと青春を謳歌していた。

 近い将来には外堀は埋められるどころか、土を高く積み上げられ軟禁状態になるのだろうが、ぼんやりした彼女はそれを何でもないという様に受け入れてしまうのだろう。何だかんだ言ってお似合いの二人なのである。

 千代は早速にでも今週末、佐賀の家にお邪魔してパイを食べようと決め暢気に鼻歌を歌っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本筋ヒロインどうなった…彼女こそ強く生きて欲しい
[一言] マイペースな主人公が可愛いです。 周りが心配するなか、幸せ感じながらほのぼのと生きていきそうなところがいいです。
2014/03/06 03:36 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ