第三話 勇者様が鼻血! 今すぐこのドリルで止めて差し上げますわ!
気がつくと朝だった。
朦朧とする視界に、バッツは瞼をこする。そして、最初に目の前に飛び込んできたのは、二つの山だった。
なんやこれ?
思わずバッツはそれを鷲掴みにした。柔らかい。
まるでマシュマロのような感触に、バッツは夢中になって揉みしだく。すると「あん」と言った悩ましい声が聞こえた。
「いやん、勇者様のエッチ。もう外は明るいですわよ」
赤らめた顔で胸を抑えるマールが起き上がった。バッツの目が点になる。よく見ると、自分の手は彼女の胸を鷲掴みにしていた。
え、なんやこれ。ワイの手、何を掴んでいるんや? 胸? 乳? オッパイ?
一瞬何が起きているか理解出来なかったバッツ。彼の思考は完全に停止した。そして次の瞬間、
――プオオオオオッ!
勢い良く鼻血を吹き出し、バッツが倒れた。慌ててマールが駆け寄る。
「いけない! このままでは勇者様が出血多量で死んでしまうわ!」
「マール! こんな時こそ、アレの出番でチュ!」
サークルの言葉にマールはハッとする。
「そうだわ、こんな時はこれの出番ね! 魔宝具『スーパーこより』!」
リュックから取り出したソレは、一言で言えば巨大なドリルだった。
「鼻血と言えばこより。こよりと言えばドリル。さぁ勇者様。これで鼻に栓をしましょう。すぐに鼻血なんて止まりますわ」
「ちょ、ちょっと待てや! なんやその凶暴なドリルは! そんなん鼻に突っ込まれたら鼻血ごと頭が吹っ飛ぶわ!」
「大丈夫、痛いのは始めだけですから。すぐに気持ちよくなって昇天しますから。全てをこのドリルに委ねるのです」
「おま、昇天って、そんなん委ねられるかっ!」
ウイイイイイン! と、ドリルが勢い良く回り始め、バッツの目の前に迫る。
「ヒイイッ! 嫌や! ワイは、まだ死にとうない!」
鼻血を吹き出しながら、バッツはその場から逃げようとした。だが、何故か体が動かない。
「うふ。魔宝具『影縫い』ですわ」
見ると、マールが奇妙な針を使ってバッツの影を床に縫っていた。
「この魔宝具は、影を縫って本体の動きを封じる力を持っているんですの。さあ、観念して下さいまし」
「ひいいいいっ!」
思わずバッツは、抱いていたペケをサッと前に突き出した。ドリルがペケのお尻の穴を直撃する。
「ギニャアアアアアッ!!」
断末魔の叫び声をあげ、ペケは昇天した。南無……。
「ありがとうペケ、ワイはお前の犠牲を決して無駄には……」
「逃げられませんわよ♪」
感傷に浸る間も無く、凶悪なドリルが今度はバッツの鼻の穴に突っ込まれた。
「ぐらぼえごすばらぶりぱらほぶらしかっ!!」
ゴリゴリと言う凄惨な音と共に、バッツの言葉にならない絶叫が木霊する。そして……。
「もー嫌や! 何でワイ達がこんな目に遭わないとあかんねん!」
腕にペケを抱きしめながら、バッツはぷぅと頬を膨らませている。
あれから、バッツの鼻血は止まった。だが、たかが鼻血を止めるだけなのに、あんな恐怖体験をさせられたバッツはご機嫌ななめだった。純潔を奪われたペケは、魂が抜けたかのようにグッタリとしている。
「ですから、私はあなたを邪神の使いから守るために……」
「何が邪神の使いや! お前が来てからホンマ、ロクな事が起きへんわ! 本当は、お前が邪神の使いやあらへんのか?」
「そ、そんな……」
ビシッとバッツに指を突きつけられ、マールの表情が暗くなる。
「何を言っているんでチュか! 邪神の使いは、その黒猫でチュ!」
見かねたサークルが、バッツの腕に抱かれているペケを指さす。ギクッとしたペケは、サッと視線を逸らした。
「何言うてんねん! こんな可愛いペケが、邪神の使いなワケあらへんやろが! なぁ、ペケ?」
バッツはペケにスリスリと頬ずりをする。ペケは慌ててニャンと鳴いた。
「とにかく、昨日はオッパイに理性を失ってもうたが、やっぱりお前は危なくて家に置いておけんわ。悪いけど、帰ってくれや」
「そ、そんな、勇者様!」
慌ててマールが勇者に抱きつく。危険なオッパイがバッツに押し付けられ、再びバッツの理性が吹っ飛びかける。
「あかん! あかんで! そのオッパイはアカン!」
バッツはマールを突き飛ばし、そのまま家の外に追い出す。
「勇者様! 開けて下さい、勇者様! 私には、あなた様をお守りする使命が……!」
その後も、必死にマールはバッツに訴えかけるが、扉が開かれる事は無かった。