第二話 勇者様がハングリー! 今すぐ美味しいご飯を召しませ!
人里離れた丘の上にポツンと立っている木造のあばら家。築100年を超える歴史あるこのボロ小屋の周りには、家一軒すら見当たらない。そのため、夜になると周囲は真っ暗。月明かりにぼんやりと照らされるその家は、さながら鬼婆が住む山小屋のようだ。
そんなあばら家から、シャッシャと何かを研ぐ音が聞こえてくる。
「包丁は、使った後の手入れが大事ですからねぇ。ヒッヒッヒ」
うっすらと窓から零れる蝋燭の火に照らされ、家の壁に大きく影が写し出される。そこには、血塗られた包丁を片手にする鬼婆が……もとい、マールの姿があった。
魔宝具『研げるんです』で包丁を研ぎ終わったマールは、包丁についた血を布で丹念に拭った。その傍らには、解体された動物の骨と皮が無残に散乱している。
「おいマール、まだかいな。ワイは腹が減って死にそうや」
「はい勇者様。ただいま~」
マールはグツグツと煮えたぎる鍋の中に、先ほど解体したばかりの新鮮な肉をドバドバと入れた。とたんにブワッと勢い良く水蒸気が部屋中に立ち込める。
「クンクン……ん~マンダム。なんて香しい匂い……ぐほっ!」
突然バッツが喉元を抑えて苦しみ始めた。続いてサークルも。
「く、臭いでチュ! し、死にそうでチュ! なんでチュか、この生臭い匂いは!」
鍋の中から、プオオオオオッ! と吐き気をもよおす匂いと共に紫色のヤバイ煙が放たれ、一瞬にしてバッツの家は地獄と化した。バッツとサークルは、青ざめた表情で喉を抑えながらのたうち回っている。どうやら、きちんと肉の下ごしらえをしなかった為に、鍋と肉が恐ろしい化学反応を起こしてしまったようだ。とても危険だ。
「大丈夫。そんな時は、コ・レ。魔宝具『グルメの素』」
落ち着いた様子でリュックから小瓶を取り出したマールは、サッサと鍋にそれをふりかけた。すると、プオオワアアアンと、さっきとはうって変わって美味そうな匂いが鍋から放たれ始めた。
「な、なんや、この美味そうな匂いは……」
「たまらんでチュ……」
血走った目で鍋を見つめるバッツとサークル。そして、次の瞬間には、グツグツと煮えたぎる鍋であるにも関わらず、バッツが手づかみで鍋の肉を口の中に放り込み始めた。サークルに至っては、自ら鍋の中に投身するほどだ。
「この魔宝具『グルメの素』をかければ、匂いに含まれるウマミ成分が脳を刺激し、味覚と嗅覚をどんなマズイ料理でも美味しく食べれるように変化させちゃうの。ただ……」
マールは、タラリと額から汗を流しながらバッツたちを見つめる。
「肉だ! もっと肉を用意するんや!」
「もっと食べたいでチュ!」
汁まで飲みきったバッツとサークルは、今度は壁や床をガジガジと噛み始めた。
「ちょっとした幻覚作用と、満腹中枢が破壊されちゃうのが玉に傷なのよね、てへ」
肉を求め、バッツとサークルは、ヨタヨタと部屋の隅へと歩いていく。そこには、柱に縛り付けられたペケの姿があった。先ほどバッツ達が食べた肉は、裏の森で捕らえた猪の肉だったのだ。良かったね、ペケ!
だが、一難去ってまた一難。再びペケの生命の危機。近づいてくるバッツ達の姿に、ペケはガタガタと歯を鳴らしながら怯えている。果たして、身動きが取れないこの状況で、食欲に支配された一人と一匹の悪鬼に、ペケはどう立ち向かうのか?!
「肉……肉……」
「お腹がすいたでチュ……」
「ギニャーーーーーー!!」
夜の丘に、ペケの断末魔の叫び声が響き渡る。
さようなら、ペケ……。