プロローグ
その少女は突然やってきた。
「今日からあなたを立派な勇者にすべくやってきました、マールと申します。ちなみに、こちらは使い魔のサークル」
「よろチくお願いしまチュ」
三角帽子を手に取り、マールと名乗った少女は、肩に乗る使い魔の白いハツカネズミと一緒に深々と頭を下げる。バッツは、突然現れた少女に面を食らっていたが、それ以上に、黒いレオタードに黒マント一枚の露出度の高いその姿に、目のやり場に困っていた。
「それにしても埃臭い部屋ねぇ。勇者様、ちゃんと掃除しています?」
鼻をつまみながら、マールは辺りを見渡す。藁の上にシーツを引いただけの簡易ベッドに、今にも崩れ落ちそうな木の丸テーブルだけが置いてある簡素な部屋。床の木の板は腐りかけ、あちこちから釘が飛び出しており危険極まりない。他に目につくものと言えば、バッツの傍で寄り添うようにしている黒猫くらいだ。
「な、なんやお前は、突然現れて失礼なこと言いおってからに! 部屋の掃除くらい、ちゃんとやっとるわい! なぁ、ペケ?」
バッツは、足元に寄り添う黒猫のペケに話しかける。ペケはニャーと鳴いた。
「ほんとかしら?」
窓際までやってきたマールは、姑よろしくシュッと指で窓のヘリをなぞった。
「埃がたくさんたまってますわよ、勇者様」
指を突き出し、ジロリと睨むマールに、バッツは「うっ」とたじろぐ。だが、すぐにマールはニコリと微笑んだ。
「そんな時こそ、私の出番です。見ていて下さい勇者様」
そう言って、マールは背中に背負っていたバカでかいリュックを降ろすと、その中から奇妙な形をした道具を取り出した。楕円形のボディから細長く伸びているノズル。見たことも無いカラクリ機械だ。
「さぁ、私の可愛い魔宝具『ソージー』ちゃん。この部屋を綺麗綺麗にしちゃいなさい」
金色のブロンドヘアーをなびかせ、マールはクルリと回りながらスイッチを入れた。すると、ブオオオオッと言う激しい轟音と共に、部屋中の埃がそのカラクリ機械に吸い寄せられ始めた。
「おお! なんやこれ、めっちゃ凄いやん!」
見る見る部屋が綺麗になっていく様に、バッツも目を輝かせ驚いている。
そして、5分後。
「お掃除完了!」
ふぅと一仕事終えたような充実感タップリの表情で、マールは額の汗をぬぐった。だが、バッツはワナワナと怒りにうち震えている。
「お前なぁ、掃除とか言っといて埃どころか家ごと吸い込む奴があるか! あ、良く見たらペケもおらんやないか!」
そこには、何も無かった。あえて残っているものと言えば、家があったことを示す凹んだ地面の跡だけだ。ヒュウウと、寒い北風がバッツ達の間をすり抜けていく。
「ちょっとやり過ぎちゃったみたい。てへ」
「てへ、じゃねーだろ! ワイのペケを返せ〜!」
バッツの悲痛の叫び声が虚しく辺りに響きわたる。
これが、未来の勇者バッツと大魔宝具使いと呼ばれる事になるマールとの最初の出会いであった。