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まずは宣戦布告です

はじめに謝っておきます。ごめんなさい。

 その言葉を聞いた時、正直なところ、耳がおかしくなったかとガレイド・フェリクスは本気で思った。

 そんな時は慌てず騒がず発声練習である。

「……あー」

 大丈夫だ、問題ない。聞こえている。

 次いで相手の正気を疑った。

「……気は確かだろうか、サエグサ軍曹」

「はい!」

 メゾソプラノがはきはきと元気良く答える。

「相手を……」

「間違っていません、フェリクス司令」

 ぴしりと伸ばされた背はしかし小柄で150センチ程度しかなく、緊張ゆえか引き締められた表情は美人というより可愛らしく、また東洋人の血ゆえかひどく幼く彼の目には映るが、彼女はれっきとした成人である。肩を少しすぎた程度の黒髪をポニーテールにしているため、中──もとい高校生にも見えるほどだが、具体的に言えば20歳である。

 さらに言えば、軍服の肩に燦然と輝く翼と星の勲章ウィング・ザ・スター、18歳での志願入隊から驚異の速度で撃墜数と階級を上げてきた連邦軍きっての撃墜王、その二つ名を「戦乙女ヴァルキリー」とすら呼ばれるのが、彼女──ミリカ・サエグサ上級軍曹。

 極めて有名人な彼女は、その人気も極めて高い。女性からは「ちっちゃくて可愛い」だが、男性からの理由として挙げられる「小さいのに大きい」という胸部からは慎重に視線をそらして、ガレイドはふと遠くを見やった。

 ──冷静に振り返ろう。

 彼女との接点はさほどない。本人の強い希望で数ヶ月前にこの辺境の惑星の基地にやってきた折に挨拶を受け、また、基地内ですれ違ったときに挨拶をされる程度。だいたいにこやかな表情であるが、彼女は訓練中でなければ基本的に誰に対しても笑顔だ。

 そんな彼女は先ほどガレイドに対してこう言ったのである。

「こ、今度の非番の日、デートしてください!」と。

 そして今、全身を緊張させてわずかに頬を赤らめながら、直立不動で彼の返事を待っている。

 ──おかしい。

 彼はただの基地司令──しかも辺境惑星の、わりとどうでもいい扱いの所である──であり、階級は中佐である。特別出世頭というわけではない。むしろ遅い方だ。

 ついでにいうとさして顔が良いわけでもない、と思う。もてるわけでもない。生え際の後退は現在見られないが、ダークブラウンの髪には白い物も結構混じっている。

 つまり、20も年下の、きらきらしい栄光の道を歩んでいる彼女に言い寄られる理由などさっぱり欠片も見あたらないのである。

 ──明らかにおかしい。

 ガレイドはゆっくりと慎重に周囲をうかがった。

 副官のリクセンの口元が右につりあがっている。面白い物を見つけたという時の表情だ。文書処理の早さは言う事がないし機密に関しての口は堅い男だが、やたらに高い情報収集能力と同レベルの情報拡散能力がある。つまりアレだ──明日にはこの一件が基地中の人間が知っていてもおかしくなくなってしまった。

「……リクセン。手が止まっている」

 低い声で告げると、副官は慌ててモニターに向き直って作業を再開するが、いつもよりもタイピング速度が低下している。というか。

「──あと、録音するな」

「えっなんで」

「カマをかけた」

 ぴしゃりと言葉を叩きつけると、しぶしぶといった様子でリクセンはパネルに触れた。全くこの基地の連中は。油断も隙も見せてはいけない。

 それからガレイドは、サエグサ軍曹に向き直った。

「君も、冗談にもほどがある。聞かなかった事にするから──」

「冗談じゃあないです!」

 強い語気で言われ、思わず彼女の顔を見て、ガレイドは後悔した。

 黒く濡れた瞳が、まっすぐに彼を見て。

 震えるくちびるが、言葉を紡いだ。

「……冗談なんかじゃ、ないです。ほんき、です」

 制止するべきだと理性は叫んだ。けれど体が動かなかった。

 その間に、彼女は、続きをつむぎだしていた。

「わたし、司令が……司令を、お慕いしています。助けていただいた5年前から、です」

 ──助けてくれ。

 反射的に胸中に浮かんだのは、そんな言葉。

 ガレイド・フェリクス40歳。彼を堅物と呼ぶ者こそ多くあれども、時には上司にもたてつくその姿を、臆病と呼ぶ者はまずいなかった彼の軍隊生活18年の歴史において、初めて敵前逃亡を図りたいと思った日のことだった。

 柔らかそうなくちびるだと頭のどこかで声がしたなどと、認めるわけにはいかなかった。


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