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 その、『ぬるり』とした感触は幾度も幾度も私の頬を這うかのように動いていた。

それは言うまでもなく、私の涙を舌で舐めとられている感触だった。

あまりの状況にさすがに涙も止まってしまう。


「涙止まったな。良かった……」


 ギュッと、さらに強くお腹に回された腕に力が入ったなあと、予想もしていなかった兄ちゃんの行動に対して脳が現実逃避とばかりにのんきにそんな事を考えている。

するとさらに追い討ちをかけるかのように、耳元で甘く囁かれた。


「今度からは一人で泣かずに、泣きたい時は何時でも兄ちゃんの胸を貸すから遠慮せずに言うんだぞ?」


 言っている事はそれ程変でもないかもしれないが──過保護なシスコンとでも認識してしまえば、だけれど。耳元で甘く囁く必要性は全くないと思う。

そういう事は妹相手にせずに、他の異性にするべきだ。

こんな事が今まで日常的に行われていたとしたら……。


──うん。拒否だ、断固拒否。


 明らかに度が行き過ぎてる行為だからね。いや、度が行き過ぎているというか、訴えたら勝てるんじゃない? っていうレベルだと思う。

兄ちゃんの顔がいいから、多分まだ訴えられてないんだ。そうとしか考えられない。これがもしキモイおじさんとかだったら……。

 ぞぞぞっと、一気に鳥肌が立った。

おおお、恐ろしい想像するんじゃなかった……。

恐ろしい想像は速攻で記憶から抹消して、この腕の拘束から抜け出す事から始めるとしようか。

そうして実行に移すべく、お腹に回されている兄ちゃんの腕を何とか外そうとするものの、抵抗されているんだろうか、全く外れる気配がない。

 普通こういう時は、気が付いて外すものじゃないの?

それどころか、逆にお腹に回されている力が強くなった気がするんですけど? まさか、空気読めないとか……?


「えーっと、お兄ちゃん? その腕を外していただきたいのですが……」


 私がそう言った途端、また腕の力が強くなった。


……。


なんですか、これはある意味虐めですか? これ以上強く力を入れられると苦しいんですが? 分かってやってます?


「なんでそんな事言うんだよ。本当に心配したんだぞ? だから、もう少し麻那がここに居るって確かめさせてくれ……」


 弱弱しい声音で懇願するように告げられた言葉は、本当のようで。微かに回された腕からは震えを感じられた。

なんていうか、相当に好きなんだね妹の事。

 本来なら心配かけて申し訳ないと思うところだろうけど、何せ兄ちゃん──祐夜は、私にとってはさっき会ったばかりの赤の他人だ。それに彼は私を心配しているのではなく、彼の妹(・・・)を心配しているだけ。

だから、正直なところ傍観者としての感情しか出てこないのよね。

謝るなり慰めるなりするべきなんだろうけど、全くと言っていいほどそういう気持ちが起きない。

でもね、このままの状態もさすがになあ……。

さあどうしうようと考えていたら、項をぬるりとした感触が……。


「ひゃぁっ!」


 思わず変な悲鳴が出た。

っていうかっ! これ、セクハラですっ! 妹にする事じゃないっ! 訴えたら絶対私勝てると思うよ!

落ち込んでいたから気を遣ってそのままでいたのに、裏切られた気分がすっごくするんですけどっ!


「ちょっとっ! そんな事するなら……」


 さっさと離れて下さいと続けるつもりだったけど、生憎と言葉になって出てこなかった。何故なら……。


「祐夜さん? あなたは一体な・に・をしてるんですか?」


 やけにいい笑顔で兄ちゃんの頭にブレーン・クロウをお見舞いしている美少年──えっと確か司、くんだったよね?──が遮ったからだ。

窓に映って見えるその笑顔が、何故か怖いです。私に向けられているわけではないのに。

所謂アレですか? 司くんは腹黒ってやつなのでしょうか?


「いっ! 司痛いっ! 痛いって!!」


 ギブギブッ! なんて叫びつつも私に回している腕をけして外そうとしない兄ちゃん。

いや、その腕を放して抵抗するのが一番いいと思うんですけど?


「痛い? 当たり前じゃないですか。痛くしてるんですから」


 ますます笑みを深めて、尚且つ指に込める力も強めているらしい司くんに対して兄ちゃんは、目尻にちょっぴり涙を浮かべつつも抗議の声を上げる。


「何このドエス!鬼畜だよ、鬼畜っ! 麻那、今の行為で分かるように司は鬼畜だからな。近寄ったら駄目だぞ!」


 ついにはそんな事まで言い始める兄ちゃんに、それは貴方の行動が問題あるからでしょうよと思いながらも口には出さなかった。

いや、出来なかったと言う方が正しい。何せ、お腹に回されている腕がきつくて、呼吸が些か辛くなってきたから言葉を発するよりも呼吸を選択したという単純な理由で。


「ちょっと祐夜さん、なんて事を麻那に言うんですか? 麻那、祐夜さんの言ってる事は嘘だから信じちゃ駄目だよ?」


 ブレーン・クロウをしているとは思えないほど甘い声で私へと言葉をかけてくる。勿論蕩けるような笑顔を付けて。

その手と掴んでいるものを視界にさえ入れなければ、キュンとときめいていただろう──普通の女の子なら。

勿論私だって普通の女の子、いや子ではないけど普通だと思ってる。だからきっと、平時ならキュンとときめいているのではないかと思う。

いや、やっぱりときめかないかも。観賞とみなして完全傍観者としての感想を言っていそうだ。

うん、ありえる。


「ちょっ!? 麻那大丈夫っ!? 祐夜さん、祐夜さんっ! 麻那の拘束解いてください!! 嫉妬とか一人だけずるいとかそういった感情は多分にありますけど、そうではなくて麻那の顔色がっ!!」


 凄く焦っている司くんの声がやけに遠くに聞こえる。

あ、これはもしかしなくても……。

なんて考えている間に私の意識は闇へと沈んだのだった。





* * *





 目が覚めると全てが夢だった──なんて事はなかった。

二人のうちのどちらかが寝かせてくれたのだろう。目が覚めたら、私はベッドに寝ていた。

勿論、気を失うまでに居た部屋の。って、ああそうか。兄ちゃんの締め付けがきつすぎて酸欠で意識失ったんだっけ。

そんな事を思い出しながら、ぼーっと天井を眺めていた。


「麻那……。大丈夫?」


 横から聞こえた声に、そこに人が居た事に初めて気付いた。

寝たままも失礼だろうと思い、身体を起こそうとすると慌てて静止の声がかかった。


「駄目だよ麻那っ! 今はまだ横になっていなくちゃ。ね? 大丈夫、僕がずっと側に居るから安心して」


 ならせめて顔だけでもと思って横に向けたのは正直失敗したと思った。

蕩けそうなほどの優しい笑顔を浮かべた司くんがすぐ横に居たからだ。

しかも声音まで甘い……っ! 司くんは一体私をどうしたいんでしょうね?

正直、どんなリアクションをすればいいのか分からず、数秒固まってしまった。

 とりあえず、心の中で『乙女ゲー、これは乙女ゲー』と呪文のように繰り返し、スルースキルを発揮して普段通りを心がけた。

あくまでも私の普段通りを。


「司くんの気持ちはありがたいけど……。私、人が側にいると中々寝付けないから。だから……」


 言外に部屋を出て行けと告げた。


「大丈夫だよ。麻那にとっての僕は空気と変わらないぐらいの存在だから、問題ないよ」


 告げた筈だけど、伝わっていない? いや、伝わってるよね?

その返しが『空気と変わらない』ってなんなの? え? 長年連れ添った熟年夫婦? いや熟年夫婦でも言わないよ。

これははっきり一人にして欲しいと言うべきか。うーん……。


「駄目だよ、麻那? 眉間に皺が寄ってるよ」


 言葉と共に司くんの手が、私の眉間を揉み解すようにぐりぐりと動く。

程よい力加減で押されているからか、フェイスマッサージを受けているような気持ちになり、自然と身体の力が抜けた。

 意外に上手……。司くん、将来いいマッサージ師になれるよ。是非今度は背中や肩を……。って、今はこってないなぁ。やっぱり肉体が若いから……?

そんな事をマッサージしてもらってる時の癖で目を瞑りながら考えていたら、唇にふにっとした感触が……。

まさか……。なんて思って慌てて目を開けると、至近距離ゼロな位置に司くんの顔がっ……!!

 驚きに目をまん丸にした私に、もう一度だけ啄ばむキスをして離れていく司くんの顔。


「ふふふ。可愛いね」


 なんて事を言いながら、ペロリと自身の唇を舐める司くんの艶めかしい程の色気は一体何なのでしょうかねっ!?

高校生でこの色気って……。小悪魔っ!? いや、悪魔っ!?

それ以前に、私は一体どうしたらいいのっ!?

とりあえず、もう一度寝てもいいですか? っていうか、寝るしかないよね? ね?

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