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年内に完了させようと思いましたができませんでした・・・orz
そして長くなったので今回も途中で分けてます。もうしばらくお付き合いくださいませ。
異世界トリップ……。
「えーっと、茜?」
『あー! 嘘だと思ってるでしょ!』
いや、当たり前だろう。異世界トリップって何だ? 何処の世界に福引で異世界トリップなんていう商品がでるの?
漫画や小説じゃあるまいし、そんな事簡単に出来たら今頃人類は宇宙に住んでる。いや、タイムトラベルも出来ているはずだ。
人をからかうにもってああ、そうか。どっきりがまだ続いているのか。
そういえばメールにも『トリップ』なんて書いてあったし。ここでその話題を出さないと説明にならないものね。
『まあ、実感湧かないのも仕方ないか~。魔法とかファンタジーな要素があれば一発だったんだけど、あの世界には元からなかったからねぇ、仕方ない。ねえ、麻那? さっきの二人組とか何処かで見た記憶ない?』
色々と問いただしたい点は多々あるけれどもとりあえず、茜の質問を先に答えてあげるとしよう。
えーっと、さっきの二人組って言ってたよね? それって私を誰かと間違えているあの人達の事だろうか? いやしかし、何故それを茜が知っている?
やっぱりカメラなんかをこの部屋に仕込んで、様子を見ていたっていう事しか考えられないわよね。だったら知っていて当たり前。そして自分の失言に茜は気付いていない。
駄目ねー。詰めが甘い。騙すなら最後まで気を抜いちゃいけないのよ。
『この間貸した携帯ゲーム機のソフトのパケ絵。その左上と右下の人の顔と同じじゃない?』
本当は茜の失言から、騙しているという事を追求しようと思ったけどそれでは言い逃れされる気がして、私は仕方なく茜の言葉に従って借りているゲームのパケ絵を思い出す事にした。
もう少し強い証拠や、言質をとらないと相手を崩す事は出来ないからね。だから暫くは茜の掌の上で躍らせてあげようじゃない。
内心で、そんな事を考えながらパケ絵の記憶を掘り起こす。
昨日からやりだしたところだから、思い出すのはそれ程時間はかからなかった。流石に細部までは無理だったけど。
あー、確かにそんな感じだった気がす、る……。
記憶にあるパケ絵と先ほどの二人組みがあまりにも似すぎていて、思わず思考が停止しそうになった。
えっと……。あ、あれよね? 記憶補正がかかっただけよね? 茜に言われてそう思ったっていうか思考が誘導されたというか。
やっぱり記憶だけじゃ無理があるのよ。ほら、人間の記憶ほど曖昧なものないじゃない。
そんな誰にしているのか分からない言い訳を脳内で喚いていると、それを見越したとでも言うようなタイミングで茜の声が聞こえてきた。
『どう? 信じた?』
勝ち誇ったような声音に聞こえるのは私の被害妄想なのだろうか?
「た、たまたまよ。きっと原画氏が彼らを参考にして描き起こしただけなのよ。もしくはそっくりさんでも探して私に会わせたかのどちらかでしょ?」
『んー。麻那の現実を認めたくない気持ちは分からなくもないけど、さっさと認めた方が楽だよ? んー……。仕方ないなー。そこの部屋に全身が映る鏡あったよね? その前に立って自分の姿を見てみて?』
不可解な言葉に自然と眉根が寄る。
「……なんで?」
『その方が現実と認めやすいから、としか言えないかなぁ』
茜の言葉に従う必要はないとは思うものの、このままの状態でいるわけにもいかない。
白黒はっきりした方がいいだろう。──正直、気は全く進まないが。
「はぁ……っ」
『溜息つかないの。さぁ、早く』
あー、はいはい。鏡、鏡ね。
私は部屋をぐるりと見渡し、鏡を探す。
全身映る鏡っと、探しながらあれ? と、おかしな事に気が付いた。次いでにんまりと笑んでしまいそうになるのをなんとか根性で抑える。
若干口元がピクピクしているがよほどカメラをズームにしないと気付かれないだろう。でも念の為にと、不自然に見えないように顔を下へと向けておく。
この部屋の内装を知らない限りは、全身が映る鏡があるなんて分からない筈。
仮に異世界だとしたら、茜はどうやってそれがあると知っていたのか? まさか異世界の家や部屋の内装まで指定して作らせたと? そんな上手い話はないだろう。
なら答えは一つしかない。──ここは異世界じゃないという事だ。
異世界でないのなら、部屋にカメラを仕掛ける事も簡単だし、ゲームの登場キャラに似た人物を探し出して演技等をお願いする事も可能だ。
あらあら。茜? ボロが色々と出てきてるわよ? もう少し上手くしなくちゃね。
さて、さっさと茜の指示通り鏡を見て、この茶番も終わらせるとしましょうか。
しかし、わざわざ全身を鏡で確認させて何がしたいのやら?
まさか、グロテスクな画像と合成させたものを映して私の姿が変わってるとでも言うつもりなのだろうか?
異形の姿になってるんだから、異世界だと信じるでしょう? と。
あー……。
グロイのあまり得意じゃないから、軽めなのもに止めてくれると助かるのだけど……。
そんな事を考えつつ鏡の前に立つと、ほんの少しの深呼吸をして心を落ち着かせると一気にカバーを捲りあげた。
カメラ越しの映像で見ていたらきっとおかしな動作に見えるだろうけど、そこはもう気にしない。
やっぱり心構えって言うか、何が出ても驚かないとぞという気持ちで臨まないと、茜が喜びそうな反応をしてしまいそうで嫌だからね。
そうしてカバーを捲った先に映ったものは……。
「私……?」
『鏡なんだから麻那が映るのは当たり前でしょ? 何か変な想像でもしていたの?』
くすくすという笑い声がスピーカー越しに聞こえてきたが、私の意識は未だ鏡に囚われたままだ。
「確かに私だけど、でも……」
『ふふふ。驚いた? 何せ十六歳の麻那が鏡に映っているんだものね。驚くわよねー』
成功したとでも言うような、楽しげな声。
茜の言葉通り鏡に映っていたのは今の私ではなく、まだ子供っぽさが抜けていない顔をした私だった。
それが十六歳だと自信をもって言えはしないけれど、明らかに若返っている私が映っている。
高校時代、ぐらいだろうか……。
『勿論はめ込み合成なんかじゃなく、今の麻那の姿だからね』
言おうとした事を先に言われてしまった。
だからと言って、鵜呑みになんかするわけがない。
『どうせ麻那の事だから、まだ信じてないんでしょ?』
……。見透かされている。
どうせなんて言われると、なんだか自分が疑り深い性格だと言われている気がして仕方ないけど、信じていないのは本当の事だから反論のしようがなかった。
「そうよ、悪い?」
なので憮然として答えた。
『いいえ。麻那らしいなと思っただけで他意はないよ。まあ、そんな麻那に分かりやすい説明をしてあげましょう。十六歳の麻那って髪の長さボブだったよね?』
茜の言葉に当時の自分を思い出す。
確かに、あの当時というか高校生活三年間は肩より下に伸ばした事はなかった。
『でも、鏡に映ってる麻那の髪の長さはどう? ボブじゃないよね? 赤に近いブラウンの色に背中の真ん中まである長さ。それって今の麻那の髪形だよね?』
そう、だ。
顔は今の私ではないけれど、髪に関しては今の私と同じだ。
『決定打としては低いかもしれないけれど、どう? やっぱりまだ無理かな?』
「そうね……。流石に髪形だけで判断は付けられないわね」
『そっかー。そうだよねー。麻那だもんねー』
「ちょっと、それどういう意味?」
『んー? 別に? こっちの話。そんな事よりも、本当はもっと麻那が納得する形で説明したかったんだけどあんまり時間がなくてね。ほら、異世界通話だからなんか世界の制約? 干渉? よく分からないけどそういった諸々の関係であんまり通話できないのよ』
「はぁ? 何それ?」
『いや、うん。私だってそう思うんだけどこればっかりはねー。単なる人間の私ではどうしようもないのよねー』
ばれそうになったから、一旦体勢を立て直そうとしているのだろうか?
「そんな事言って誤魔化して、逃げようとしているの?」
『逃げ……? あー。確かに麻那の状況を思えばそう捉えられても仕方ないのかな……』
困ったなぁという呟きが微かに聞こえた。
思わず漏れ出た茜の本心だろう。
何も困る必要はない。そこは素直に騙していたと認めればいいだけだ。
しかし茜は何も言わない。
どう言い繕おうか考えているのだろう。
今のところ私から話す事は何もないので、必然と無言状態になる。
茜が喋らない限りこのままの状態が間違いなく続くだろう。
正直、電話していて無言って気まずいというか何か話さなくちゃいけないという強迫観念に駆られてあんまり好きじゃないのよね。
んー……。さて、どうしよう。
なんて悩んでいたけれど、その悩みはそれから直に解決された。
『ねぇ、麻那』
今までとは全く雰囲気の異なった、真剣な声音だった。
白状するにしてはかなり真剣すぎる気もしたけれど、それ程気にする必要もないかと会話に思考を切り替えた。
「何かしら?」
『私、今まで麻那に嘘をついた事あった?』
なんだ、白状するわけではないのか……。
「んーそうね……。何回かはあったと思うけど」
『えっ!? あー……。 で、でも騙したりはしていないわよね!?』
どうやら茜は私に対してついた嘘がばれていないと今まで思っていたらしい。
まあ私からもわざわざそれを指摘する事がなかったから当然かもしれないが。
何せその嘘と言うものが全て、私を傷つける為のものではなく守る為についたものだったからだ。
しかも私が自分から気付いたというのではなく、周りからほとぼりが冷めた頃ぐらいに聞かされるというか、違う話等をしている時にうっかり分かるというパターンだったりする。
どれだけ茜が嘘をつくのが上手いのか、それとも私がただ単に鈍いだけなのかは分からないけど。
ほとぼりが冷めた頃に分かるものだから、わざわざ話を蒸し返すのも躊躇われて結局そのままという状況で今まできたのだ。
だから茜が知らなかったのも無理はない。
「そうね。茜がついた嘘は全て私を守る為についていたものばかりだから、不愉快な思いにさせられた事はないわね」
『麻那……』
茜の声がちょっとしんみりとした。
思わぬ言葉に感動でもしたのだろうか? いや、感動させるような言葉を言ったつもりはないから違うかな。
「まあ、それはおいといて。結局何が言いたいの?」
『だ、だからね。これはドッキリでもなんでもなくて現実の事なの。受け入れがたいかもしれないけど、異世界トリップを現実として受け入れて!』
「いや、さすがにねー。そこは受け入れられないと思うのよ。だって、非現実的じゃない? フィクションの世界ならありえるだろうけど、流石にこの歳だし現実と夢はちゃんと区別ついてるわよ? しかもさっきの話の流れから考えるとこれも私を守る為に行われた事ってなるのよね?」
このままだとまた、堂々巡りの押し問答になりそうだ。
『……ごめん』
茜はそうだよと肯定もせずただ一言、苦々しい声で言っただけだった。
肯定すればある程度話はスムーズに……とは行かなくても、ある程度の進展はするとは思うんだけどね。
でも、それが茜なんだよね。
「はぁっ……」
『麻那……』
なんでそんな悲愴な声で私の名前を呼ぶのよ。絶対勘違いしてるわね、茜の奴。
「分かったわよ」
『え?』
「だから、その異世界トリップっていうのを信じてあげるって言ってるの」
『麻那っ!!』
「あーはいはい。それで、私は何時まで此処にいればいいの? 流石に仕事もあるからあんまりこっちにいるわけにはいかないんだけど」
続きそうになる茜の言葉を強引に切って私は気になる点を聞いた。
これが本当に異世界トリップであろうとなかろうと、この際それは気にしない。いや、気にするべき事だと思うけれども大事な事はそれではない。
──一体何時までそれを続けなければいけないかとう事だ。
何せこちらは社会人。そんな簡単に長期休暇など取れるはずもない。
精々病欠と偽ってなんとか一週間が限度だろう。流石にそれ以上は手術入院等ではないと無理だ。
勿論、無断欠勤なんて論外。そんな事をすれば間違いなく解雇だ。このご時世、再就職はそれ程簡単ではない。無職で生きていけるほど世の中楽ではない。失業手当を当てにても勤務年数は短いから期間も大してないだろうし、解雇理由が再就職に響く可能性もある。
だから期間の確認をしたのだ。
『……かん』
あまりに小声だった為か、よく聞きとれなかった。
「ごめん、もう一度言ってくれる?」
『……年間』
相当言いたくないのか、今回も小声だ。全くもって埒が明かない。
「もっと大きな声で、はっきりと言ってくれる?」
『……。三年間、三年間です!』
「はあっ!?」
茜の様子からまさかと思っていたが、流石にそんなに長い期間だとは考えていなかった為思わず驚きの声が出た。