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思いのほか4が長くなりましたので、ちょっと短くして2つに分けました。
『あなたの心の友、ううん、名実ともに大親友の茜ちゃんでーす!
いきなりの事で驚いたと思うけど、なんとまなふぃんはゲームの世界にトリップしちゃったのー! きゃー! 素敵! ドンドンパフパフ!! ついでに紙ふぶきもパラパラ~って降らしちゃう!
これから三年間逆ハー生活なんて羨ましいなぁ。この・し・あ・わ・せ・も・の! また感想聞かせてね♪ まなふぃんが誰を落とすのかすっごく興味あるけど、とりあえず大人しく待ってるから! じゃーね!』
相変わらずというか、なんというか……。
あまりにも高いテンションに、指が思わず削除ボタンを押そうとしていた。
それをなんとかギリギリのところで押し止める。
危ない、危ない。これを消す訳にはいかないのだ。
──間違いなく、私がこの変な状況に追いやられた原因なのだから。
とりあえず、もう少し落ち着いて文面をよく読んでみよう。現状を理解しない事には、行動のしようがないし。
『ハロハロー! まなふぃん、元気してるー?』
……。
どうしてこう、人の神経を逆撫でるような文面が打てるのだろうか。
平時なら私はそのままスルーしていただろう。でも、この状況だと苛立ちしか感じない。
わざとではないと分かってはいるけど……。
「とりあえず、ピュージョンのストロベリータルトを最低ワンホールは奢ってもらわないと割に合わないわよね」
水曜限定販売で且つ、十五個しか作らないという結構レアもので、知る人ぞ知るという代物だったりする。
勿論、予約は不可で店頭に並ばないと手に入らないもの。値段は五千円するがその価値は十分にある。
それぐらいしてもらわないと絶対割に合わない。
オープン前から並んでいる茜を想像して、ほんの少し心がスッとした。
よし、この調子で読み進めよう。平常心平常心……。
……。
はい、瞬時に平常心なんか何処かに行きました。
流石、茜だね。うん。
とりあえず、一旦受信ボックスから待ち受けに画面を戻す。そうしないと速攻指が削除ボタンを押してしまいそうだからだ。
何せこれは大事な証拠なのだ。後で保護機能と外部メモリーにコピーとついでに転送しておこう。
データだけじゃ心もとないから印刷もしておきたいな。
そんな事をつらつらと考えながら、指は違う操作をしていき躊躇う事もなく、最後のボタンを押した。
ほんの数秒後になじみのある音──コール音がスピーカーから聞こえてくる。
異世界トリップなんて言っておきながら、普通に電話が繋がる時点でおかしいだろう。
──やっぱりどっきりを企んでいたか。
そう心の中で呟いた時に、コール音がなくなり馴染みのある声が能天気な言葉と共に聞こえた。
『ハロハロー! あなたの心のアイドル茜ちゃんでーす』
レアチーズケーキもワンホール追加決定。
「かなりご機嫌じゃない、茜」
『まなふぃんだってご機嫌でしょ? 何せ逆ハーだもんね』
「……」
落ち着け私、平常心平常心。
「そうそう、その事で話があったのよ」
『うん? 誰とラブラブになるのがおすすめって相談? んー……。たまには冒険してもいいと思うからタイプの違う人とかどうかな? それいいよね、うんそうしよう。私のおすすめはね……』
職場に持っていけるようにマカロン五個追加ね。
忘れないように、あとで紙に書いておこう。
「おすすめしてくれなくて結構よ」
『それなら一体何の用なの? ああ、相手の好みを知りたいって事ね。デートの場所? 服装? 食べ物? おすすめの誕生日プレゼント? あ、なんだったら今の全部教えようか?』
次は一体何を請求すればいいのか……。
流石にこれ以上食べ物を請求すると、体重が危険な気がする。
茜の言葉を右から左へと聞き流しながらそんな事を考えていたのだが、ここで茜を放置すると余計大変な事になると慌てて思考を切り替えた。
「とりあえずさ……」
『えっ? 何? ごめん聞いてなかった』
大丈夫、私も聞いていなかったからと内心で答えながらその事はおくびにも出さずに、あえて大きな溜息を聞こえるように吐いた。
『うわぁ、ごめん。ほんとうにごめんっ! 聞くから、次こそちゃんと聞くからもう一度お願いします』
スピーカー越しに聞こえる茜の声は、本当に悪いと思ったのか先程までの高く弾んだものとは変わっていた。
きっと電話の向こうでは、焦った表情で謝っているに違いない。
簡単に思い浮かぶ辺り付き合いはかなり長いのよね、と茜に聞こえないようにクスリと笑った。
何にしても、これで漸く会話は出来るようになったわけだけど。
しかし……。
どうして普通の会話をする前からこんなに疲れるのか……。
だからこそ茜とも言えるかもしれないんだけど。
私は気持ちを切り替えて、よく分からない──頭痛のするメールの内容についてと、私のいる場所についての説明を求めた。
『うーん、そうかまだ馴染んでないんだ』
「は? 馴染む?」
『あー、いやいやうん。これから最初から説明するからとりあえず聞いててくれる? それと途中でのツッコミもなしで、質問等は説明終わってから受け付けるから、いいかな?』
それは突っ込む事が話の中にあるという事を堂々と宣言していないか? そう思ったけども、それを指摘すると間違いなく話は進まないので今は触れず、了承の意だけを告げた。
『そうねー。そうなると私が『神々の庭園』に行ったところからかな』
何故そこで『神々の庭園』が出てくる?
『神々の庭園』とは茜が贔屓にしているお菓子屋だ。私は行った事はないんだけど、どうやらそこに行くには『資格』なるものがいるらしく、きっと一見さんお断りというお店なのだろう。
そう行った理由で私は行った事がないんだけど、何時かは是非とも行ってみたいと思っていた。
何せ、そこの作るお菓子は美味しい。
洋菓子から和菓子までと幅広くあるんだけど、今まで食べた物全てが美味しかった。ほっぺたが蕩け落ちるとはまさにこの事だと何時も食べる度に思う程だ。
茜が美味しいと思うものしか買っていないというのもあるかもしれないけど、それでもそのどれもが美味しい──いや、極上に美味しいというのなら、そのお店の扱っているもの全てが美味しいと思っても仕方ない事だろう。
だから私は、未だに出会っていないであろうお菓子を自分の目で何時の日か選んでみたいと思っている。それが何時になるかは現状不明だけれども。
思考が逸れてしまったが、それが返って良かったかもしれない。
何せ条件反射でツッコミそうになる言葉が出なかったから。おかげで質問等は後でと言われた初っ端からそんな失態を犯さずにすんだ。
『滅多にないんだけど、気まぐれに福引をやるんだよね、あそこ』
年末年始とか、お盆の時期とか色々な所で定期的にやったりしているガラガラと回すアレの事か。
外れると分かっていながらも回すあのドキドキ感は、幾つになっても楽しいものよね。
『商品は都度都度違うんだけど、人によったらとっても嬉しいものとかあったりするのよね』
最近だとTVが多いよね、商品の目玉として。あとはお掃除ロボットとか羽根のないファン扇風機とか?
私はそれらより無難に商品券が嬉しいけど。そう言っても残念ながら、未だ嘗て当たった事がないけどね……。
『私も興味はあんまりなかったんだけど、折角だしって思って回してみたのよね~。すると思わぬ大当たり! まさかの特賞が当たっちゃったの』
特賞が当たったにしては声に嬉しさが微塵も感じられなかった。きっといらないものだったのだろう。
それでも、特賞なんてつくからには変なものではないだろうから最悪売ってしまえばいいのではないだろうか?
そう思っていたんだけど……。
『特賞が異世界トリップって大当たりだと思う? 思わないわよね?』
……は?
聞き間違い? どう考えても聞き間違い、よね? なんかそういう商品あったっけ? 私の知らない何かなんだろうきっと。なんだろうそれは?
まだ話し終わってないみたいだからこれは後で質問しよう。
『別に異世界に行きたいなんて全く思ってないし、私は今のままで十分だったんだけどなんか勿体無い気もしたからどうしようかなーって思ってたのよね~』
異世界に行きたい……?
遊園地かサーカスかミュージカルか、よく分からないけどその招待券を貰ったって事? にしては、何というか……。まぁいいや。最後まで黙って聞こう。
『どうしようかと思ってたら麻那が『もう仕事疲れたー! どこかに行きたい! 休ませて!!』って叫んでたのを思い出して、ここは麻那に譲ろうと思ったの』
わたし……?
いや、まぁ年末年始とか繁忙月とか、鬱陶しい上司にネチネチ言われた時とか叫ぶけど、それは叫ばないとやってられないだけで別に切羽詰ったものとかではないのだけど……。
『こちらの希望は全て叶えてくれるとあったし、だったら楽しい世界がいいよね~と、私は色々考えたのよ。その結果思いついたのが『乙女ゲー』。あの世界に入り込んで主人公の立場になれば結構楽しいんじゃないかな~と』
乙女ゲー……?
え? なんだろう、ここから先は聞いたら激しく後悔する気がする。
私がそう思ったところで茜に伝わる筈もなく。
『そこで最近お勧めの『制服のリボンほどいたら……』の世界を元に色々と私の意見を取り入れた世界を作ってもらって麻那に異世界トリップしてもらいましたー!! っていう訳なの。分かった?』