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Short story 2  作者: 怜悧
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「いくつになっても、どんなに歳をとっても、大人になれない気がするよ。」

わたしの呟きに彼は何も言わなかったけど、彼の髪を梳きながら続けることにする。

「子供ができたから親になろうとする。後輩ができたから先輩になろうとする。部下ができたから上司になろうとする。そうして社会から見本としての役割を求められるから、その役割を果たすために大人になろうとするんだよ。だから、急に大人になんてなれないよ。」

真崎に言うと言うよりは、独り言のような雰囲気で言う。

「人間だから感情がある。どうしても生理的に合わない人もいるから、しょうがないこともあるよ。確かにそれでも表面上はうまく付き合っていかないといけないけど・・・愚痴は言ってもいいんじゃないかな。会社の外ではたくさんたくさん愚痴を言って、会社では知らん顔して付き合う振りして、それでいいと思う。真崎くんは、会社の外でもたくさん気を使ってるでしょ。それを、一部の人にはやめてもいいと思う。やめたってみんな嫌いにならないよ。むしろ、みんなそれを待ってる。」

真崎がわたしの肩から顔を上げて、まっすぐわたしの目を見た。その距離の近さと視線の強さに、心臓はこれ以上ないほど早鐘を打ち始めた。

すると頭がくいと引っ張られて真崎の肩にこつんとあたった。慌てて起こそうとするが、真崎の手がしっかり頭を抑えていてそれをさせない。もう片方の手はまたしっかりとわたしの手を握っている。

(こんなにくっついたらもう心臓が耐え切れない・・・)

ひとりパニックになりながら、なんとか落ち着こうとひとり心の中で格闘する。

真崎は辛いから、ただ寄りかかって休みたかっただけで、これに深い意味はないんだ。そう言い聞かせるが、なかなか鼓動は落ち着かない。

くすり、と頭の上で笑う気配がした。

「守ろう、って思うのに、いつも守られてるよな。」

つぶやく彼の表情を見たいと思うけど、相変わらず彼の手はしっかりわたしの頭を押さえつけていて、それをさせない。

「俺よりよっぽど筒井のほうが強くて、優しい。」

ううん、と彼の肩の上で頭を振る。

「いいや、優しいよ。」

そういう彼の声はわたしの心を大きく揺さぶるほど柔らかくて、切なく響く。

「知ってた?」

「なにが?」

「俺が動けるのは筒井がフォローしてくれるって知ってたからだって。」

「えっ・・・?」

「俺の行動の基盤は筒井なんだよ。」

その台詞は顔から火が吹くほど恥ずかしかった。きっと今わたしの顔は真っ赤だろう。

もうだいぶ勘違いしそうだ。総務には綺麗系のお姉さんがいて、かわいい系の女の子がいて、色気のある女性がいて、そうだ、真崎はそういう綺麗な人たちに囲まれて仕事してて、しかも好意をもたれているんだから、自分は対象になるはずかない。だから、勘違いしてはいけない。

そこで、息を整えた。

空いている自分の手を真崎の手に添えて自分の頭からはずし、身を起こす。

ちょっと彼の肩の感触が名残惜しいと思いながら、その気持ちを振り払う。

そしてちゃんと彼の目を見る。

「真崎くん、」

「呼び捨てでいいよ。」

「・・・無理。」

困った顔をした彼女を見て、真崎がふうわりと笑った。

「じゃあ、修一って呼んで。」

「・・・もっと無理。」

本当に恥ずかしそうな顔をした彼女をみてちょっと真崎は苛めたくなったが、話が先に進まないので今は強制しないことにする。

「ポーカーフェイスでも、そうじゃなくても、真崎くんは真崎くんだよ。どの顔も真崎くんなんだよ。偽っているわけでもない。だからそんな風に、自分を偽って生きているって思う必要はないと思うよ。真崎くんが自分のことをそう思うなら、世の中みんな誰しもいろんな仮面をつけて、いろんな自分を演じて生きてることになる。だから、自分を追い詰めるような考え方はしなくていいと思うよ。

うわべの付き合いだっていいじゃない。付き合える範囲で付き合えばいいし、もちろん気があう友達とはしっかりつきあえばいい。

もし真崎くんが人間関係を作るのが下手だと思っているのなら、わたしはもっと下手だから社会生活不適応者になっちゃうよ。」

うまく言えない。伝えられないけど、もうちょっと楽になってくれたらいいと思う。彼がもう少し自分を晒せる場所を見つけられたらいい。わたしは慣れない笑みを浮かべて、少しでも彼の気持ちが楽になってくれることを祈った。


ふ、と沈黙がおちた、次の瞬間。

わたしの体は彼の体にすっぽり包まれていた。

はじめはそっと、そしてまわされた腕の力はだんだん強く。

「ありがとう。」

そういう彼の言葉を耳元で聞いた。

わたしは彼の体に手を回し、きゅっと抱きしめた。



「筒井。」

店を出て、駅の改札で彼が声を掛けた。ここで、真崎とは別れる。

「なに?」

「茜って呼んでいいか。」

へっ?と変な声が出そうになったのをすんでのところで抑える。

「・・・いいよ。」

普通に返せただろうか。声が少し震えた気がする。

「俺も名前で呼んでくれない?」

また、ふうわりと柔らかく笑む彼の笑顔は不思議な引力があって。一瞬うなずきそうになった。

「・・・いきなりは無理かな。」

「そうだよな、茜だからな。」

そこでさらりと名前を呼ばれ、また心臓の拍動が早くなった。

「今日はありがとう。今度またお礼するから。」

「ううん、そんな、気にしないで。たいして役に立ってないし。」

「俺がお礼したいんだから、そっちこそ気にしないで。」

そう言って、くすりと真崎は笑った。

彼の笑顔がどうしようもなく好きだ、と思った。

もうずいぶん長いこと、彼の笑顔に恋している。

「じゃあ、おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

軽く手を挙げて、真崎は去っていく。

それを見て、自分も改札を抜けた。



彼女のそばでは気を張らないでいられることは本当。

自分が癒される人でもあり、どうしようもなく手に入れたいと思う人でもある。

控えめで一歩引いてて、気配りが良くて。彼女は自分に自信がないのだけれど、そんなことはない。どうしようもなく可愛いと思う。

「でも、彼女を手に入れるには、もう少し時間がかかるかな。」

ぽつり、と真崎は帰り道で呟いた。

人間関係に疲れて落ち込んでいたのは本当。

でも、酔っ払っていたというのは嘘。

1次会では一滴も酒を口にしていなかったのだから。

おかげで心配してくれて、甘えさせてくれた。

「毎日抱きしめられたら幸せなんだけど。」

そしたら離せなくなって仕事に行けなくなるか、と自分の思考にひとり笑った。



お読みいただいてありがとうございました。

実はちょこっと策士だった真崎くんです。

茜はいったいいつ落ちるんでしょうね(笑)。

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