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Short story 2  作者: 怜悧
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「結構彼女たちしつこくてさ、俺がどこに行こうとするか見てるから職場に戻ることもできないし家にも戻れなくて。」

それで、この店にしたんだ。と、彼は上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら言った。たしかに店の入り口は半地下にあって通りからは見えにくい場所にあるし、店に入ってしまえば中は薄暗い上に各テーブルは個室に近い状態になっているので誰がいるかはわからない。

さすが、できる人はいろんな手を持っているんだなと、そんなところで感心してしまった。

「じゃあ、もう少しここで時間潰したほうがいい?」

「ああ。少し付き合ってくれる?」

「うん。」

付き合って、の言葉に一瞬動揺したけれど、なるべく普通に答えた。


1次会でご飯はあらかた食べてきたので、カクテルを頼んで少しずつ、少しずつなめるように飲む。そして再びとなりの真崎をちらりと見た。今は人一人分の隙間を隔てたところに真崎が身を沈めている。最初は向かい合わせに座ろうとしたのだが、真崎が「それじゃあ話しにくい」と言ったので並んで座ることになったのだ。確かに真正面で顔をつき合わせて話すのも話しづらいが、隣というのもなんだか緊張する。

こうして隣に座って飲むほど、彼と仲が良かった覚えなんてない。真崎の女性関係は知らないが、同期で集まるときは特定の誰かと二人になることを意図的に避けているようでもあったから、彼が女性と二人でいるところは見たことがなかった。それで、どうして自分が今ここにいるのか、わたしには全くわからなかった。

真崎はソファの背に頭を乗せて天井を仰いで、目を瞑っているようだった。その横顔と、あごからのど元にかけてのラインがすごく綺麗だ、と思った。こうして近くで彼を見るのは初めてだけど、ひとつひとつのパーツがすごくきれいなのがわかる。きれいでいて、男性的で、色気がある。

じっと彼を見ている自分に気づいたとき、真崎が目を開けたのでどきりとした。

見ていたのがばれてしまっただろうか。

彼は背もたれから身をおこして座りなおして、少しだけ体をこちらへ向けた。

「俺さ、思ったより大人じゃないらしい。」

「うん?」

「もうちょっとスマートにできるかなーと思ったんだけどさ。」

そう言って彼は、自嘲するように口元で笑った。

「人間関係作るのが下手だって、ようやくわかった。俺みたいな人間って、社会で生きていくのって難しいのかな。」

酔っているんだろう、と思った。彼が弱音を吐いているなんて。

「うわべの付き合いなんて簡単だろうと思ってたしポーカーフェイスも得意だと思ってた。どんなに気に入らない相手でも、それを隠して付き合っていけると思ってた。だからもっと、スマートに世の中渡っていけると思ったんだけど。」

また自分を嘲るような笑みを浮かべながら彼はわたしが飲んでいたカクテルグラスをさっと取り、くいっと一気に飲み干した。あっ、と声を上げる間もなかった。

「うまくいかないもんだね。」

そう言って視線をこちらへ向けてきた真崎を見て、胸が苦しくなった。

切ない顔をしていた。今までにないくらい切なくて、苦しい顔。

真崎は、つ、と視線をそらした。

彼の苦しみがすべて理解できるわけではない。自分に比べたら真崎は多くの人から慕われている分、たくさんの人の顔色をみて行動し、人間関係を調整しながら日々仕事をしているのだろう。その労力は大変なもののはずだ。職場の雰囲気を悪くしないように、仕事を円滑に進めるために。だから彼は人を傷つけられない。そして自分が磨り減っていく。

「何か飲む?」

彼に何を言っていいかわからなくて、そう尋ねる。ジントニック、と彼は言った。


ほどなくしてジントニックが運ばれてきたが、またしても彼は一気に飲み干してしまった。それを止めることもできず、何も言えず、ただ黙って見ていた。

「筒井、」

さん、がとれて呼び捨てになったことで一瞬どきりとした。

「なに?」

「手、貸して。」

「・・・手?」

彼が言った意味がわからず考えていると、真崎はわたしに近づいて片手をとった。その手を真崎が両手で包み込む。

ものすごく、どきりとした。急に心拍数が上がったのが自分でもわかる。真崎の手は大きくて、わたしの手より少し体温が高い。それを大事そうに両手で包む姿は、胸が締め付けられた。何かに耐えるように、目を閉じて。

「真崎、くん」

「少し、こうしてて。」

耳のすぐそばで響いた声に心臓はまた飛び跳ねた。切ないけど、甘い響きがした。

隣に座る彼との距離は、1㎝。

少し彼が体をずらした時に肩が触れて・・・彼はこちらに少し体重を預けてきた。

彼は辛いはずなのに、こんなにもどきどきしてしまうなんて。いけないとは思いながらも、こういうシチュエーションになったことのないわたしはずいぶん混乱していた。

どうしたら彼を少しでも彼を癒せるだろうか。

そう思ったわたしは、普段なら絶対にやらないことを彼にしていた。

空いていた片手で、彼の頭に触れていた。

ぴくり、と彼が動いたことで我にかえり、手を離そうとする。

「そのまま。」

彼の言葉で手を離せなくなり、わたしはそのまま、彼のあたまをなぜることにした。少し柔らかい彼の髪を梳くように、何度も、何度も、ただ無言で手を往復させていた。いつの間にか体は向かい合わせになっていて、彼の頭がわたしの肩にこつんとのっていた。


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