二度目の転生をした俺は、自由気ままにスローライフを謳歌する
この話めっちゃ好き
俺の名前は奈呂天成。三十歳の時にトラックに轢かれ、異世界へと転生した男だ。
転生先は、とある王国の子爵家。ナーロという名を与えられた俺は、類い稀なる魔術の才能と前世の知識を武器に、数々の偉業を成し遂げた。
魔王討伐。伝染病の治療。農業改革に産業革命。その他にも、思い出せないほど多くの功績を残してきた。
おかげで俺の名は大陸中に知れ渡り、英雄、大賢者、発明王など、さまざまな称号で呼ばれるようになった。
だが、そんな俺の人生が幸福だったかと聞かれれば、答えは否だ。
自由に生きるには、俺は些か優秀すぎた。
王族、貴族、冒険者ギルド。どいつもこいつも俺を頼ってばかり。
確かに俺は強い。魔術の腕前では右に出る者はいないし、前世の知識を活用すれば大抵の問題は解決できる。
だが、俺だって人間だ。たまにはのんびり昼寝をしたいし、釣りや家庭菜園なんかも楽しんでみたい。
それなのに、気がつけば俺は老人になっていた。
人生は短い。
しかし、そんな俺にも転機が訪れた。
長年の魔術研究が実を結び、ついに転生の秘術を完成させたのである。
肉体を若返らせ、記憶と魔術の能力をそのまま次の人生へと引き継ぐ。理論上は不可能とされていた究極の魔術だ。
これさえあれば、もう一度人生をやり直すことができる。
そして今度こそ、俺は自由に生きるのだ。
誰にも利用されず、誰にも邪魔されず、自分の力は自分のためだけに使う。面倒な争い事には首を突っ込まず、気ままに暮らしていく。
そう、夢にまで見たスローライフを!
「さらばだ、我が人生よ。次こそは自由に生きてみせるぞ!」
俺は魔法陣の中心に立ち、転生の秘術を発動させた。
眩い光が視界を包み込む。
そして、俺の二度目の人生が幕を開けた。
◇ ◇ ◇
「……成功した、のか?」
目を開けると、そこには見慣れた青空が広がっていた。
俺はゆっくりと起き上がり、自分の体を確認する。
若い。
皺だらけだった手は瑞々しさを取り戻し、長年悩まされていた腰痛も消えている。どうやら二十代前半の肉体に戻ったらしい。
試しに魔力を練ってみる。
うむ。問題ない。
魔力の総量も制御能力も、前世とまったく変わっていない。どうやら転生の秘術は完全に成功したようだ。
「ふっ……さすがは俺だな」
思わず笑みがこぼれる。
さて、まずは自分の屋敷へ戻るとしよう。
転生先の時代は、およそ三百年後に設定してある。さすがに当時の知人は誰も生きていないだろうが、俺の屋敷くらいは残っているはずだ。
何しろ、あれだけの功績を残した英雄の住まいである。歴史的建造物として保存されていても不思議ではない。
そう考えながら、俺は懐かしい故郷へと足を運んだ。
ところが。
「……ない」
屋敷が、ない。
それどころか、屋敷のあった場所には見知らぬ建物が立ち並び、大勢の人々が行き交っていた。
俺が丹精込めて手入れした庭園も、魔術研究に使っていた塔も、何もかも消えている。
どうやら三百年の間に、すっかり市街地になってしまったらしい。
「な、なんということだ……」
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて俺は気を取り直した。
まあ、いい。
屋敷がなくなったのは残念だが、所詮は過去の遺物だ。今の俺には若さも魔術もある。住む場所くらい、いくらでも手に入れられるだろう。
問題は金だ。
転生したばかりの俺は、文字どおりの一文無しだった。
衣服こそ身につけているものの、財布もなければ食料もない。さすがにこれでは生活できない。
「ふむ……となれば、冒険者ギルドだな」
冒険者ならば、面倒な人間関係に縛られることなく、自分の好きな時に仕事ができる。
依頼を受けるもよし、魔物を狩るもよし。気が向かなければ一日中寝ていたって構わない。
まさに自由気ままな生活ではないか。
それに、俺ほどの実力があれば、金を稼ぐことなど造作もない。
よし、決まりだ。
俺は早速、冒険者ギルドへと向かった。
◇ ◇ ◇
「ほう……ずいぶん立派になったものだな」
三百年ぶりに訪れた冒険者ギルドは、見違えるほど大きくなっていた。
かつては酒場と受付が一緒になったような雑然とした建物だったが、今では石造りの立派な施設になっている。
内部も清潔で、受付には何人もの職員が座り、冒険者たちが整然と列を作っていた。
なるほど。三百年も経てば、いろいろと変わるものだ。
俺は列の最後尾に並び、順番を待つことにした。
そういえば、一度目の転生でも、冒険者登録の際にはちょっとした騒ぎになったものだ。
あの時は魔力測定用の水晶玉に手を触れた瞬間、俺の強大すぎる魔力に耐えきれず、水晶玉が粉々に砕け散ってしまった。
受付嬢は腰を抜かし、周囲の冒険者たちは騒然となり、ついにはギルドマスターまで飛んできた。
ふふ……まあ、今となっては笑い話だがな。
だが、それももう終わりだ。
俺は晩年、魔力を自在に抑制する技術を開発している。今度こそ目立たず、平凡な冒険者として暮らしてみせるのだ。
今度こそ俺は、異世界で自由気ままにスローライフを謳歌してみせる!
「はい次の方、どうぞ〜」
おっと、俺の番か。
受付に座っていたのは、桃色の髪をした小柄な少女だった。まだ幼さの残る顔立ちをしているが、なかなか愛嬌のある娘だ。
「冒険者登録を頼みたい」
「はーい。じゃあ身分証お願いしまーす」
「……身分証?」
「そうそう。身分証。ほら出して」
「いや、持っていないが」
「はあ?」
少女が顔を上げた。
「身分証ないの?」
「ああ。だが心配はいらない。魔力を測定してもらえれば、俺の実力はすぐに分かるはずだ」
「いや、そういう話じゃないんだけど」
少女は面倒くさそうに頬杖をついた。
「身分証がないと登録できないけど?」
「何?」
「だから、登録できないの。分かる?」
おかしい。
俺の知っている冒険者ギルドでは、登録時に魔力と身体能力を測定し、その結果に応じて冒険者ランクが決定される仕組みだったはずだ。
「昔は身分証など必要なかったぞ」
「昔っていつの話?」
「……三百年ほど前だ」
「は?」
少女は一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。
「あはははっ! 三百年前って! おじさん何歳なの〜?」
「お、おじさんではない! 俺はまだ二十代だ!」
「えー? でも言ってること完全におじさんじゃん。昔はこうだった〜って。老害じゃん、ウケる〜♡」
なんだ、この娘は。
前世では王ですら俺に敬意を払っていたというのに、こんな小娘に馬鹿にされるとは。
「と、とにかく魔力測定をさせてくれ。俺の力を見れば、君も考えを改めるはずだ」
「だから無理だってば。身分証ないんでしょ?」
「俺の魔力は並の魔術師とは比較にならんぞ?」
「はいはい。つよつよなんだね〜。すごいすごーい♡」
少女はぱちぱちと手を叩いた。
明らかに馬鹿にしている。
「君は俺が何者か知らないから、そんな態度を取れるのだ」
「あのさあ、おじさん」
少女の目が、すっと細くなった。
「どんなにイキがっても、身分証がないんじゃ無理なんだって。こっちも暇じゃないんだからさあ。登録できないなら帰ってくれる?」
「なっ……!」
拳がプルプルと震える。
こんな屈辱は、生まれて初めてだ。
「いいから、一度だけ魔力を測定させろ! そうすれば分かる!」
「だから無理だって言ってんじゃん」
「おい、あんた」
突然、背後から声がした。
振り返ると、屈強な男が腕を組んで立っていた。どうやら後ろに並んでいた冒険者らしい。
「さっきから聞いてりゃ、メイちゃんが困ってるだろ。登録できねえって言われてんだから、さっさとどけよ」
「……何だと?」
「聞こえなかったのか? 後ろがつかえてんだよ」
ふむ。
なるほど、そういうことか。
思えば、一度目の転生でも似たようなことがあった。
新人冒険者だった俺に、先輩風を吹かせた男が絡んできたのだ。あの時は軽く実力を見せてやっただけで、相手は腰を抜かしてしまった。
周囲が大騒ぎになって大変だったな。
やれやれ。今回も少しばかり力を見せてやるとしよう。
「俺に指図するな」
「ああ?」
男が俺の肩を掴もうとした。
その瞬間、俺は指先からごく微量の魔力を放出した。
「ぐあっ!?」
男の巨体が吹き飛び、数メートル先の床に叩きつけられる。
どよめきが広がった。
ふっ。どうやら少しやりすぎてしまったようだ。
まあ、これで俺の実力は十分に伝わっただろう。
さて、受付嬢はどんな顔をしているかな?
「……あーあ」
少女は倒れた男を見つめ、深いため息をついた。
「やっちゃったね、おじさん」
「ふっ。これで分かってもらえたかな?」
「いや、普通に傷害事件なんだけど」
「……は?」
「ちょっと! 誰か警備呼んできて! あと救護班!」
少女が大声を上げると、周囲の職員たちが慌ただしく動き始めた。
お、おかしいぞ。
どうしてこんなことになっている?
「ま、待て! 俺はただ、少し実力を見せただけで……」
「はあ? 人を吹っ飛ばしておいて何言ってんの?」
「い、いや、しかし、あの男が先に絡んできたのだぞ!」
「だから何? こんな所で魔術使って馬鹿じゃないの」
ぐっ。
確かにそう言われると、反論しづらい。
「とりあえず治療費と慰謝料、それから床の修繕費も請求するからね。おじさん、お金持ってる?」
「……金?」
「そう。お金」
「…………」
「え、まさか持ってないの?」
「……今は、少し持ち合わせがなくてな」
「……は?」
「いや、だから、今は金がないのだ。だが、冒険者になればすぐに稼げる。俺ほどの実力があれば……」
「え、ちょっと待って。じゃあ仕事は?」
「今はしていない」
「住所は?」
「……ない」
「身分証もない、お金もない、仕事もない、住所もない?」
「……そうなるな」
少女はしばらく俺を見つめていた。
「ねえ、衛兵にも連絡して。住所不定無職の不審者が暴れてるって」
「なっ!? 待て待て待て!」
俺は慌てて身を乗り出した。
「誤解だ! 俺に加害の意思はない! 俺はただ、自由気ままに暮らしたいだけだ!」
「はあ?」
「そうだ! 俺はもう誰にも利用されたくない! 誰にも邪魔されず、自分の力を自分のためだけに使って、のんびりスローライフを送りたいだけなのだ!」
少女は目をぱちくりさせた。
そして、心底呆れたように言った。
「……じゃあ、何でうちに来たの?」
「……え?」
「いや、だからさあ。スローライフしたいんでしょ? 何で冒険者ギルドに来るわけ?」
「そ、それは……冒険者なら自由に働けるから……」
「あのね、おじさん。冒険者って仕事なの。分かる?」
「む……?」
「依頼主から仕事を請け負って、成果を出して、報酬をもらうの。基本的には個人事業主の日雇い派遣労働者なの。仕事がなければ収入もないし、怪我したら働けないし、依頼主との付き合いだってあるんだけど」
「…………」
「何でスローライフで冒険者なわけ? 頭スカスカなの?」
な、何だと……?
冒険者といえば、自由気ままな職業の代名詞ではないのか?
「本当に誰にも邪魔されずに暮らしたいなら、無人島にでも行けば? 魚釣って、畑でも耕してさあ。おじさん、魔術が得意なんでしょ? だったら一人でも生きていけるじゃん」
「そ、それは……」
確かに、俺の魔術があれば無人島でも生活できるだろう。
食料の確保も住居の建築も、何も問題はない。
だが、それでは……。
「あー、そっかそっか」
少女がにやりと笑った。
「おじさん、みんなにチヤホヤされたいんだ?」
「なっ……!?」
「だってさあ、さっきから俺は強い、俺はすごいって、そればっかりじゃん。魔力測定も別に必要ないのに、わざわざ自分からやりたいって言い出してさあ」
「ち、違う! 俺は目立ちたくなど……!」
「えー? でも自分から目立とうとしてたじゃん」
「そ、それは俺の実力を正しく評価してもらうためで……!」
「はいはい。つまり、みんなにすごいって言ってほしいんだよね?」
ぐっ……!
「でもさあ、普通に考えておかしくない? 自由に暮らしたいとか言いながら、人に褒めてもらえないと満足できないんでしょ?」
「ち、違うと言っているだろう!」
「違わないじゃーん。あははっ!」
少女は腹を抱えて笑い始めた。
「おじさんってさあ、力を持った子供みたいだよね〜。自分が強ければ何しても許されると思ってるんでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「無自覚非常識ってやつ? あ、それとも、やれやれ系ニート?」
「に、ニートではない! 俺はかつて……!」
「承認欲求モンスターじゃん。ウケる〜!」
何だ。
何なのだ、この娘は。
どうしてこんなに俺を馬鹿にする?
俺は世界を救った英雄だぞ。
魔王を倒し、疫病を治し、文明を発展させた。
王族も貴族も、誰もが俺に頭を下げた。
そんな俺が、どうしてこんな小娘に……。
「お、おれは……おれは英雄で……賢者で……発明王で……」
「あれ〜? もしかして泣いてるのー?」
「な、泣いてなど……!」
「あははははっ! あー、泣いちゃった! かわいそー♡♡♡」
「う、ううっ……!」
駄目だ。
涙が止まらない。
こんな屈辱、生まれて初めてだ。
「ちょっとぉ、おじさん大丈夫〜? よしよししてあげよっか?」
「うわああああああっ!!」
俺は叫び声を上げ、その場から逃げ出した。
「あっ、ちょっと! 逃げんな! 衛兵さーん! そいつ捕まえてー!」
背後から少女の声が聞こえたが、振り返らなかった。
俺はただひたすら走った。
◇ ◇ ◇
「……ぐすっ……ひっく……」
人気のない森の奥。
俺は木の根元に腰を下ろし、膝を抱えていた。
ひどい目に遭った。
何なのだ、この時代は。
俺ほどの実力者が、冒険者登録すらできないとは。
しかも、あの受付嬢。
人のことを散々馬鹿にして。
あんな性格の悪い娘が受付をしているようでは、あのギルドも先が思いやられる。
「……俺は、ただ自由に暮らしたかっただけなのに」
ぽつりと呟く。
それにしても、三百年という時間は恐ろしい。
かつて俺が世界を救ったことなど、誰も知らないのだ。
英雄としての功績も、賢者としての知識も、発明王としての名声も、何ひとつ通用しなかった。
俺の実力を理解しようともせず、身分証だの仕事だの、くだらないことばかり言ってくる。
こんな世界で、どうやってスローライフを送れというのだ。
いや待てよ。
「……そうか」
何も、この時代にこだわる必要などないではないか。
俺には転生の秘術がある。
前世の記憶も魔術も引き継いだまま、何度でも人生をやり直せる究極の魔術だ。
ならば、もう一度転生すればいい。
俺の実力を正しく理解してくれる、誰もが俺を尊敬し、才能を認め、望むままに自由に暮らせる世界へ。
「……そうだ。そうすればいいんだ」
幸い、転生の秘術に必要な魔力は十分に残っている。
次こそ。
次こそは、俺のすごさがちゃんと伝わる世界に行くのだ。
「待っていろ、俺のスローライフ!」
眩い光が俺の体を包み込んだ。
こうして俺は、二度目の転生からわずか数時間で、三度目の転生に踏み出した。
ーーこの後、すっかり逃げ癖のついてしまったナーロは自分の価値を認めてくれる世界に辿り着くまで、転生リセマラを繰り返すことになるのだが……それはまた別のお話。
典型的スローライフイキり無自覚系自覚なろう主人公でした。




