◆第2話
少し早めに集合場所に到着すると、まだ酒井は来ておらず、阿久津さんだけが立っていた。
いつも下ろしている長い髪を一つに縛っているが、触れた方が良いのだろうか。
それとも彼氏でもない相手に髪型の話をされるのは気持ちが悪いだろうか。
しかし髪型の話以外で特に阿久津さんと盛り上がるような話題は無い……いや、髪型の話も別に盛り上がりはしないだろうが。
ただのクラスメイトとしてしか接点のない阿久津さんと何を話せばいいのか分からず困惑していると、集合時間ピッタリに酒井がやってきた。
沈黙が気まずかったから酒井の到着はありがたい。
「お待たせ。みんな、リンゴ持ってきた?」
「持ってきたよ」
「リュックの中に入っています」
僕の気まずさなど知りもしない酒井は、陽気な様子で僕たちに話しかけてきた。
「……って、駒田はまたSNSをして。隣に阿久津さんがいるのに失礼でしょ!?」
「あっ、ごめん。つい癖で」
沈黙の気まずさゆえに、僕は無意識にスマートフォンを弄っていたらしい。
「気にしていませんよ。SNSは私もやっているので気持ちは分かります」
「駒田を甘やかしちゃダメだよ、阿久津さん。駒田のSNS依存は度を越えてるんだから。優しくすると調子に乗ってSNSばっかりするようになっちゃうよ」
失礼な僕を簡単に許してくれた阿久津さんに酒井が注意をした。
そんな注意はしなくていいのに。
「ふふっ、では厳しく……山登りの最中はSNS禁止でお願いしますね」
「分かったね、駒田。山登り中のSNSは禁止だからね!」
酒井の指示に従って僕にSNS禁止を言い渡す阿久津さんに酒井が乗っかった。
たかがSNSにそんなに目くじらを立てなくてもいいのに。
「危ないから山登り中にスマホは触らないよ」
とはいえ反論をして怒られるのも嫌なので素直に従うことにした。二対一では分が悪い。
「じゃあ行こっか。しゅっぱーつ!」
阿久津のかけ声とともに僕たちは山登りを開始した。
特に観光名所でもないただの山なので、僕たち以外に山登りをしている人はほぼいない。
途中で一組の老夫婦とすれ違いはしたものの、それ以外で山を登っている人は見つからない。
「山登りなんて小学校の遠足以来だよ」
「あたしはたまに登るよ。この山も紅葉の季節は綺麗なんだ」
もしかすると紅葉の季節にはここにも登山客が集まるのかもしれない。
しかし今日の山は緑一色のため景色を楽しむには少し物足りない。
自然が好きな人にとってはこの緑一色も素晴らしい景色なのだろうが、あいにく僕は自然をありがたがるセンスの持ち主ではない。
そのため目的のための行程として山道を歩いているようにしか感じられない。
「山登りと聞いて気合いの入った服で来てしまいましたが、お二人ともあまり山登りっぽくない服装ですね」
言われて気付いたが、阿久津さんは数年前に流行った山ガールと呼ばれるファッションをしている。つまり山登りに適した服装なのだ。対して僕と酒井は、このまま町を歩いてもおかしくないカジュアルな服を着ている。
「この山はそこまで高くないからね。靴にさえ気を付ければ大丈夫」
「僕は家に山登りっぽい服が無かったから。昨日の今日で登ることになったし」
むしろ昨日の今日で山ガールのファッションをしてきた阿久津さんがすごい。
もしかすると阿久津さんは普段から山登りが趣味なのかもしれない。
阿久津さんに対してアウトドアな印象は無かったから少し意外だ。
他愛無いお喋りをしながら山を登っていると、ついに目的の祠に辿り着いた。
小さな祠には花と水が供えてある。先程すれ違った老夫婦が供えたものかもしれない。
「案外簡単に見つかったな」
「祠は隠すものでもないですからね」
ふと隣を見ると、酒井が無言で祠を眺めていた。
「どうしたんだ、酒井?」
「……祠を壊すことで災いが起こるっていう都市伝説もよくあるよね」
「壊さないからな!?」
驚愕して大声を出すと、発言主である酒井も驚いているようだった。
「そんな罰当たりなことするわけないじゃん! ただお喋りの話題として言っただけだよ」
「そっか、ビックリした」
こうして実際に祠を目の前にすると、祠を壊そうなんて罰当たりなことをする気はまるで起きない。
だから祠を壊す都市伝説は創作に違いない。創作であってほしい。
「祠に限らず、他人の物を壊す行為は頂けませんね」
「そういえば、この祠って誰のものなんだろうね。この山の神?」
「分かりません。昨日調べてみましたが、ネットにはこの祠の詳細が書かれていませんでしたから」
阿久津さんの言葉を聞いて気付いた。僕は都市伝説のことにばかり気を取られていて、祠自体については何も考えていなかった。
相手のことを考えもしないのに頼みごとだけはするというのは、厚かましい気がしてきた。
急に申し訳なさの湧き出てきた僕は、リュックサックからリンゴとともにチョコレートを取り出した。
チョコレートは自分用のおやつとして持ってきたものだが、頼みごと用のリンゴの他にも純粋なお供え物を置いた方が良いと感じたのだ。
「駒田はチョコも供えるの?」
「頼みごと用のリンゴだけを供えるのは、自分勝手な気がしてきちゃってさ」
「ですがチョコレートは……どうでしょうね。溶けてしまうような気がします」
確かに溶ける可能性は大いにある。
それに雨で包み紙が破れたりなんかしたら、溶けたチョコレートが祠を汚してしまうかもしれない。
そんなお供え物は、ありがたいどころか迷惑だろう。
「……やっぱりチョコはやめておく。昨日気付いてたら他のお供え物も持ってきたのになあ」
「あたしも。あたしって気が利かないタイプなのかも」
気落ちする僕と酒井に向かって、阿久津さんが微笑みかけた。
「お二人とも元気を出してください。私がお塩とお米を持って来ているので、これを三人からのお供え物にしましょう」
「いいの!? 阿久津さんが一緒で良かった!」
「ありがとう、阿久津さん」
「ふふっ、どういたしまして」
阿久津さんが持って来た塩と米、それに三つのリンゴを僕たちは祠に供えた。
「どうか知らない記憶が一つ増える都市伝説を起こして、僕たちを異世界転移の都市伝説から守ってください」
手を合わせながら祠に向かってお願いをする。
ちらりと隣を見ると、酒井も阿久津さんも無言で祠に向かって手を合わせていた。
「……記憶、増えた?」
少しして全員が手を合わせ終わったことを確認した僕は、二人に問いかけた。すると二人ともが首を横に振った。
「何かが変わった気はしないかな」
「すぐに効果が現れるものではないのかもしれませんね」
「そもそも、ただのウワサ話だからね」
僕自身も何かが変わった気はしない。もともと都市伝説というあやふやな情報だ。
ダメで元々だと思っておこう。
「目的も果たしたことだし、山を降りようか」
僕がこう提案をすると、酒井が頬を膨らませた。
「そんなのつまんないよ。せっかくここまで来たんだから、頂上まで登ろうよ。そんなに高い山でもないんだしさ」
「もしかして駒田君はもう疲れてしまいましたか?」
「あーっ! さては駒田、頂上まで登りきる自信が無いんだ? 駒田はインドアだもんねー、体力無いよねー?」
こうも女子二人に煽られては、このまま帰るわけにもいかない。
いくら僕がインドア派でも、小さな山を登りきることくらいは出来るはずだ。たぶん。
「分かったよ。頂上まで行こう」
「本当に大丈夫ですか? 無理はしない方が良いですよ」
「そうだよ、駒田。疲れても背負ってあげないよー?」
「平気だよ!」
僕たちは祠を通り過ぎ、そのまま頂上を目指して山道を歩いた。
歩き始めてすぐに、酒井がニヤニヤしながら僕の脇腹を小突いた。
「駒田はさ、どういう子がタイプなの?」
「急に何の話?」
「恋バナがしたいけど、駒田は彼女いないでしょ。だから好きなタイプの話でもしようかなって」
好きなタイプか。僕のことを馬鹿にしない人、というのはカッコ悪いから別のものにしよう。そうだなあ……。
「物腰柔らかで優しい感じの人がタイプかな。実際に付き合ったのは真逆の気が強いタイプだったけど」
「駒田ってば、彼女がいたことあるような物言いをして。駒田は彼女出来たことないでしょ。幼馴染のあたしは知ってるんだから!」
「……うん、無い」
僕には彼女が出来たことはない、はず。そんな記憶は無い。
だけどこの引っ掛かる感じは何だろう。
もしかしてこれが、知らない記憶が増える都市伝説なのだろうか。
なんだか僕には彼女がいたような気がしてきた。
「ふふっ。そういう見栄って、つい張りたくなっちゃいますよね」
しかし僕の疑念は阿久津さんの一言で消え去った。
もしかすると僕は、見栄を張りたいがために自身の記憶を捏造しようとしていたのかもしれない。
きっと彼女がいたことのある自分を作り上げて、モテる男を演出しようとしたのだ。
そんなことがバレたらものすごく恥ずかしい。
過去に彼女がいたような気がするなんて言わなくて良かった。
「阿久津さんは彼氏がいたことある?」
「さあどうでしょう」
「うわあ。絶対いたよ、この感じ」
気付くと、酒井と阿久津さんの女子トークが始まっていた。
二人ともきゃいきゃいと騒ぎながら楽しそうにしている。
「バレました? もう別れてしまいましたけれど」
「阿久津さんってマセてるー!」
「今どき小学生の頃から付き合っている人は付き合っていますよ」
「確かにそういう人たちもいたけどさあ」
そうだったのか!? 僕は酒井と同じ小学校出身だが、付き合っている人たちがいたことは知らなかった。
僕も酒井を見習ってもっと交友を広げるべきなのかもしれない。
……無理だ。
幼馴染の酒井は別枠として、それ以外のアウトドア派の明るい人たちとは楽しく話せる気がしない。
何を話したらいいのか見当も付かない。
「そういう酒井さんはどうなんですか?」
「あたしは絶賛片想い中」
ボーッと二人の話を聞いていると、急に阿久津さんと目が合った。
「どうかした?」
「ああ、なるほど。やっぱり私はお邪魔虫だったみたいですね」
何の話だろうと困って酒井を見ると、酒井は慌てた様子で両手を振っていた。
「そんなことないから! これはただの山登りだし!」
「ただの山登りですか。へえ」
「阿久津さんって、もしかして意地悪!?」
よく分からないが、阿久津さんが酒井を掌の上で転がしているようだ。
いつも僕に対して強気な酒井が慌てているのは見ていて面白い。
また阿久津さんを誘って三人で出かけるのも悪くない。




