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異世界転移の起こる世界で、僕たちは今日を生きる。  作者: 竹間単


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◆第1話


 今日も今日とてSNSに日常を記す。

 煌びやかな日常でもなければ、ネタになるような日常でもない。凝った言い回しも無く、ただただ記す。日記どころかただの記録。記されるのは、どこにでもある面白みの欠片も無い僕の生活。

 誰も求めていないだろうその記録を、僕は今日も全世界に向けて発信する。


「……って、うわっ!? ビックリした」


 スマートフォンを見ていた僕の視界に、突如として顔が飛び込んできた。

 僕とスマートフォンとの間に顔を差し込まれたのだという事実に気付く前に心臓が飛び跳ねる。

 バクバクと脈打つ胸を押さえていると、視界に飛び込んできた顔が口を動かした。


「こら、駒田。まーたSNSをやってるな?」


 非難するような口調ながら、彼女が本気で怒っているわけではないことを、僕は知っている。


「僕だけじゃなくてSNSはみんなやってるよ」


「限度があるでしょ。休憩時間のたびに呟いちゃってさ」


 姿勢を正して声の主に向き直ると、声の主である酒井も僕を覗き込む体勢をやめてお喋りモードになった。


「授業中じゃないんだから別にいいだろ」


「よくない! 隣の席にこんなに可愛い幼馴染がいるんだから、もっと構いなさいよ!?」


 酒井がプリプリとしながら腰に手を当てて文句を言った。

 家が近所のため、酒井とは幼稚園も小学校も中学校も同じだ。

 おまけに家から一番近い高校を受験したからか高校まで同じ学校だ。


 だから幼馴染というところは否定しないが、可愛いという部分には賛成しかねる。

 昔は可愛かった印象があるが、年を重ねるにつれて酒井からは子どもならではの可愛さが薄れてしまった気がする。


 それに昔は僕といつも一緒に遊んでいたが、最近ではそういうこともなくなった。

 酒井は他の女子と一緒にいることが多くなり、中学生になった頃から幼馴染の僕のことを下の名前ではなく名字で呼ぶようになった。中学校ではお互いのことを苗字で呼ぶ生徒が多かったからだろう。

 だから僕も酒井に合わせて、下の名前で呼ぶことをやめて苗字呼びに変えた。


 少し寂しく感じることもあるが、男女の幼馴染なんてそんなものだ。

 だんだんと関係性が変わっていく。それでも幼馴染という事実だけは変わらないが。


「もう、スマホ没収!」


「おい!?」


 僕が考えに耽っていると、酒井が僕の手からスマートフォンをひったくった。


「どうしてそんなにSNSをやるわけ。駒田ってそんなに承認欲求が強いタイプだったっけ?」


 承認欲求は……どうだろう。

 僕は他人に僕のことを価値のある存在だと思われたいわけではない。何の特徴も無いつまらないやつと思われていても一向に構わない。

 それでも、僕がここにいる事実は認めてほしい。覚えていてほしい。

 この気持ちを何と表現すればいいのだろう。

 ただ一つ言えることは。


「承認欲求とは少し違うかも」


「じゃあ何でそんなにSNSをやるのよ」


「僕はきっと、生きていた記録を残したいんだ」


「……もしかして駒田、余命宣告されてたりする?」


 僕の言葉を聞いた酒井が眉を下げながら真剣な口調で聞いてきた。

 昔よりも距離が出来てしまったとはいえ、酒井は幼馴染の僕のことをそれなりに大事には思ってくれているのだろう。

 しかし酒井の予想は的外れだ。


「僕は健康そのものだよ。ただ……何を聞いても笑わない?」


「笑うかは内容による」


 それはそうだ。

 我ながら意味の無い質問をしてしまった。僕は笑われる覚悟をした上で、言葉を紡ぐ。


「異世界転移のウワサがあるだろ」


「ああ、都市伝説的なアレね」


 何の話だと聞き返されるだろう突拍子もない切り出しだと思っていたから、こうもすんなりと話が通ると逆にこちらが驚いてしまう。

 驚きで言葉が出なくなっている僕に、酒井は笑うことなく言葉を続けた。


「少し前に友だちから聞いた気がする。この世界ではひそかに異世界転移が起こっていて、異世界転移をした人間はこの世界で生きていた痕跡が消える、って都市伝説のウワサ」


「そう、何事も無かったかのように痕跡が消える。僕はそれが怖いんだ。誰の記憶からも僕が消えるなんて、この世界で生きてきたこれまでが無かったことになるなんて、そんなのは最低だ。だから僕はSNSに日常を書き込むことで抵抗してる。少しでも生きてきた痕跡を残せるように」


「ふーん」


 笑われると思って述べた言葉は、昨日の夕飯を告げた際の返事のような、ただありのままを飲み込んだ感嘆詞として返ってきた。


「笑わないの?」


「その都市伝説にはあたしも思うところがあるんだよね。異世界転移をした後に、この世界で生きてきた痕跡を消すアフターフォローはノーサンキューってね」


 酒井は笑う様子を一切見せずに僕の話に乗ってきた。予想外過ぎる反応だ。


「都市伝説を信じてることを笑われると思ってた」


「なんで? 面白いじゃん、都市伝説」


「……酒井っていいやつだよな」


「よく言われる」


 冗談なのか本気なのか、そう言って酒井が白い歯を見せた。


「僕自身もだけど、酒井も異世界転移に巻き込まれないと良いな」


 これは僕の本心だ。自分が異世界転移に巻き込まれて生きてきた痕跡が消えてしまうことも嫌だが、こうやって僕の話を真面目に聞いてくれる幼馴染の存在が跡形もなく消え去ってしまうことも嫌だ。どんなに時が経って距離が離れたとしても、幼馴染は死ぬまで幼馴染なのだ。その事実は忘れたくない。

 あの異世界転移の都市伝説が嘘だったらいいのに。

 そう思いながら、僕は毎日SNSに僕の生きてきた痕跡を残している。




「そうだ! 異世界転移に巻き込まれない方法を思い付いた!」


 会話が終わったと思ったところで、酒井がパンと手を叩いて明るい声を出した。


「都市伝説には都市伝説をぶつければいいんだよ!」


「都市伝説を、ぶつける?」


 化け物には化け物をぶつけて退治しよう的な、そういった考えだろうか。

 しかし都市伝説という形の無いウワサ話同士をぶつけることは不可能だ。

 都市伝説の中には人や物が登場するものもあるが、異世界転移の都市伝説に登場人物はいない。

 「現象」を戦わせることなど出来るわけもないのだ。


「ウワサ話を戦わせるのは無理だと思うよ」


「戦わせるんじゃなくて、先に巻き込まれておくの」


「先に巻き込まれておく?」


 僕が首を傾げると、酒井は目を爛々と輝かせながら身を乗り出してきた。


「一つの都市伝説に巻き込まれる確率より、二つの都市伝説に連続で巻き込まれる確率の方が低いとは思わない? つまり先に危なくない都市伝説に巻き込まれておけば、他の都市伝説には巻き込まれにくくなるって寸法だよ」


 なるほど。当たりを一回引くよりも、当たりを二回連続で引く確率の方が、理論上は低くなる。

 酒井はそういうことが言いたいのだろう。


「確かに二つも都市伝説に遭遇する確率は低い……かも?」


 そういう意味では酒井の案は検討するに値する。しかし。


「でも先に巻き込まれるにしても、都市伝説って大抵怖いだろ」


 そう、異世界転移の都市伝説に巻き込まれないようにするために、他の危険な都市伝説に巻き込まれたのでは本末転倒だ。


 たとえば特定の順番で階数ボタンを押すことで異世界へ行ける異世界エレベーターという都市伝説があるが、異世界転移に巻き込まれたくないからと自分から異世界に行ったのでは馬鹿も良いところだ。

 その他にも口裂け女やひとりかくれんぼなど様々な都市伝説があるが、どれも関わりたいとは思えない。


「実はあんまり怖くない都市伝説があるんだなー、これが。しかも簡単に実行できる」


 知っている都市伝説を思い出して渋い顔をする僕に、酒井が勝ち誇った笑みを見せた。


「怖くない都市伝説なんてあるか?」


「有名な都市伝説は怖いものが多いけど、マイナーなやつはそうでもないと思うよ。たとえば地元に根付いたおまじない的な都市伝説とか。卒業式の日に桜の木の下で告白をすると成功する、みたいな」


「誰かを巻き込むのは気が進まないかな。今のところ特に好きな相手もいないし」


 それに再来年まで待っている間に、異世界転移に巻き込まれないとも限らない。

 僕は一刻も早く、異世界転移に巻き込まれる可能性を低くしておきたいのだ。


「今、駒田には好きな相手がいないんだ? ふーん」


「酒井には関係ないだろ」


「関係なくは、ないんだけどな……」


「何で?」


「なんでもない!」


 なぜか酒井はムスッとしてしまった。これが女心と秋の空というやつだろうか。


「そんなことより話を戻すよ。駒田はあたしたちが通ってた中学校の近くの山にも都市伝説があるの知ってる? あの山の中腹にある祠にリンゴを供えて帰ってくると、知らない記憶が一つ増えてるんだって」


 酒井はコミュニケーション能力が高いため、僕よりもずっとウワサ話に耳聡い。

 ずっと同じ学校に通っているのに、僕はその都市伝説を知らなかった。

 持つべきものはコミュニケーション能力の高い幼馴染だ。


「でも、何でリンゴ?」


「知らない。祠の神様の好物なんじゃない?」


「あやふやな情報だなあ」


「都市伝説ってそういうものでしょ。人から人に伝わる中で話が変わったりあやふやになっていくものだよ」


 確かに都市伝説にはそういった面もある。

 そして伝聞であやふやな部分が多いこともまた、都市伝説を不気味にする要素だったりする。


「……よく考えたら、知らない記憶が増えてるって怖くないか?」


 他の都市伝説に比べたらマシだとは思うが、それでも知らない記憶が増えているなんて、ぞっとする。

 記憶が増えることによって起こる具体的な被害は思いつかないが、なんとなく気味が悪い。


「異世界に飛ばされたり、死が絡む都市伝説よりはずっとマシでしょ」


「それは、まあ」


 今のところ思いつくのは、気味が悪いという感情的なマイナス面だけだ。

 気味の悪さだけで異世界転移に巻き込まれなくなるのなら、望むところではないだろうか。


「善は急げで明日山に登ろうよ。駒田ってどうせ休日は家で寝てるんでしょ?」


「失礼な決めつけだな。大抵は寝てるけど」


「やっぱりね。じゃあ明日はリンゴを持って山登りだよ。忘れちゃダメだからね」


 酒井のこういうアクティブなところは本当に尊敬する。今日話して明日山を登ろうなんて。そして酒井のアクティブさに慣れている自分がいる。幼馴染だから昔はよく酒井に連れ回されていたのだ。


「その話には私も興味があります」


 突然鈴を転がすような声がしたかと思うと、いつの間にか僕たちの近くにはクラスメイトの阿久津さんが立っていた。

 窓から入ってきた風が阿久津さんの長い黒髪を揺らす。

 その様子がシャンプーのCMのようで、思わず見惚れてしまった。


「阿久津さんも都市伝説に興味があるの?」


「ええ。記憶が一つ増えているなんて、とても興味深いです。よければご一緒させてはいただけませんか?」


 阿久津さんのような美人に丁寧に頼み込まれて、断ることの出来る男がいるだろうか。

 少なくとも僕には無理だ。


「僕は別に良いけど」


 そう言って酒井を見る。僕には阿久津さんの頼みを断ることが出来ないし、正直僕は阿久津さんがいてもいなくてもどちらでもいい。

 僕がしたいのは都市伝説に都市伝説をぶつける試みだから、それ以外のことは全て些事だ。


「あたしは、その……」


「酒井さんは私と一緒に山登りは嫌ですか?」


「えっと」


 口ごもる酒井の様子を見た阿久津さんが、自身の口を両手で覆った。


「もしかして駒田君と二人きりのデートの約束を邪魔してしまいましたか?」


「デ、デートじゃないから! いいよ、一緒に行こう!」


 僕とのデートと言われたことが心外だったのか、酒井は阿久津さんの同行を許可することにしたらしい。

 同行を許可された阿久津さんは、ふわりとした微笑を浮かべている。


「ありがとうございます。明日が楽しみです」


 僕のスマートフォンを握ったままだったことに気付いた酒井がスマートフォンを返してきたので明日の天気を調べると、天気予報には快晴マークが表示されていた。




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