久しぶりの挨拶
傷の手当を受けながらも、
戦いの余韻に浸る静かな空気が控室に流れていた。
ベラミカは膝を抱え、まだ指先が微かに震えている。
小さな身体がほんの少し揺れ、戦いの名残を物語っていた。
セーニャは杖を握り直し、穏やかな呼吸を整える。
イヴァンスは盾と剣を軽く下ろし、深く息を吸って胸の高鳴りを落ち着かせていた。
セーニャがそっとプラーサの頬に手をかざし、柔らかな光を当てながら囁く。
「プラーサの顔の火傷は小さくはなったんだけど
……少し残るかもね」
「うん……」
プラーサは小さく頷く。
気丈に笑おうとしているが、
その瞳はほんのわずかに揺れていた。
ディハンが弱々しくではあるが口を開く。
「とりあえず、私の知る限りの回復魔法が使える者を当たってみよう。
できることは、最大限やってみるさ」
落ち着いた声だったが、父として娘を思う気持ちは隠しきれず、
控室の空気は少しだけ重く沈んだ。
そのとき――
総合控室の扉が勢いよく開く音が響いた。
「あ~終わった終わった。バリンス、あと一日の付き合いだ。
まあ、せいぜい精進しろよ。ってか、いらんことすんなよ。
優勝させてやるからな」
軽やかな調子でそう言いながら入ってきたのは、
アタッカーのライブリオだった。
ライブリオは控室を軽く見回し、
イヴァンス隊の面々を見つけるとにやりと笑った。
「お、決勝に残った学生メインのチームじゃねえか。
まさか勝ち残るとはな。恐れ入ったぜ! え……と」
イヴァンスが一歩前に出て、軽く頭を下げる。
「イヴァンスです。よろしくお願いします」
「よろしくな、イヴァンス。俺はライブリオ。
アタッカーだ。こっちが支援術師のネーミア、魔導士のカンサルだ」
紹介された二人も軽く会釈する。
ライブリオはふと、イヴァンス達の表情に目を留めた。
「なんか深刻な顔してたけど、どうかしたか?」
イヴァンスは少し迷いながら答える。
「実は……同じチームの女の子が顔に火傷を負ってしまって……」
「ああ、さっきファイアに突っ込んだ子か!」
ライブリオは思い出したように頷く。
「無茶してたよなぁ。ネーミア、治療してやれって」
ネーミアは少し驚いたように瞬きをし、
それから柔らかく微笑んだ。
「ふふ、いいわよ。今回だけ特別ね。
せっかくだから女性陣のお肌、みんな綺麗にしてあげる」
ネーミアの手から柔らかな光が広がり、
淡い光がふわりとセーニャ、プラーサ、ベラミカを包み込む。
火傷の跡も、細かな切り傷も、
まるで最初から存在しなかったかのように消えていった。
プラーサはそっと自分の頬に触れ、驚きの色を浮かべる。
「……あれ?」
痛みも違和感も、すっかり消えていたのだ。
ディハンも思わず目を見開き、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
娘のためにここまでしていただいて……」
ネーミアは慌てて手を振る。
「い、いえいえ。そんな大したことじゃないんです。
それに、女の子の顔は大事ですから」
横でライブリオが豪快に笑う。
「ははっ、気にすんなって。
ネーミアのヒールなんて減るもんじゃねえんだからよ」
軽い一言だったが、控室に漂っていた重い空気は、すっかり和らいでいた。
しかし、ベラミカだけはしかめっ面を崩さなかった。
「お久しぶりね、兄弟子。
あんたが東の都アーカットに出て行って以来かしら?」
「ベラミカ、相変わらずだな。少しは兄弟子を敬わんか?」
カンサルが苦笑する。
「カンサル、帝都なんかに出てきて。
あとで泣いても私は知らないわよ」
「ま、まあな。ただパーティが闘技会に参加するから仕方ないだろ?
冒険者として依頼を受けたんだからな。
まあ……間違いなく俺が参加してるのは知ってるだろうよ、あの方は」
カンサルが少しだけ遠い目をする。
その瞬間――
「うふ、そうよね~。
本当ならカンサルから挨拶するべきじゃない?
せっかく弟子が帝都に来たって聞いてたのに……
私のこと無視しちゃって、泣いちゃうわよ」
控室の奥から、柔らかくも妙に耳に残る声が響いた。
その声を聞いた途端、カンサルとベラミカの背筋がぴんと伸びる。
二人は反射のように振り向き、気が付けば直立不動になっていた。
控室の空気が、一瞬で張り詰める。
イヴァンスは、突然固まった二人を不思議そうに見た。
「……?」
ライブリオが肩をすくめる。
「あー……なるほどな」
ゆっくりと現れたのは、帝国魔導士団長――セラフィスだった。
長い銀の髪が光を受けて揺れ、
その瞳には柔らかな微笑みと同時に、
言葉にならない威圧感が宿っていた。
空気が変わるのを、カンサルとベラミカは直感する。
胸の奥がひんやりと締め付けられるような感覚
――まるで刃の先が自分を射抜こうとするかのようだった。
「なんだ、魔導士団長のセラフィス様じゃねえか。
そりゃカンサルが緊張するわけだ」
ライブリオが笑いながら言うが、
その声も控室の空気の重みにかき消されるほどだった。
「ひど~い、ライブリオちゃん。
私ってそんなに怖いの? こんなに優しいのに~」
柔らかな声で微笑むが、その笑みの端には鋭い光が潜んでいる。
「よく言うわよ。正真正銘の化け物なのに……」
ベラミカが小声で呟く。
カンサルも小さく頷いた。
「……本当です。でも、逃げようがないですね……」
「本当よ……」
二人の声は控えめに震え、緊張で言葉が詰まったかのようだった。
セラフィスはその様子を楽しむかのように、
ゆっくりと足を進める。
銀色の髪が肩越しに揺れ、
歩くたびに空気の振動が控室全体を満たしていく。
その存在だけで、
戦いの疲労を忘れさせるほどの圧倒的な力と威厳が感じられた。
「あら?」
にこりと笑うその表情には、優しさと恐ろしさが同居し、
見る者の心を掴んで離さなかった。
控室の空気は、緊張と畏怖で張り詰め、
誰もが息をひそめているかのようだった。




