夏の選抜闘技大会 準決勝④
砂煙の奥。
セーニャが歯を食いしばりながら杖を振る。
「かまいたち!」
風が走る。
不可視の刃が一直線に三人目の魔導士へと襲いかかる。
一発。
二発。
三発。
だが。
魔導士の周囲に淡く発光する結界が展開される。
半透明の膜が空間を包み込み、風刃が触れた瞬間、軌道をわずかに逸らす。
衝撃は吸収され、威力は霧散する。
まるで最初から読まれていたかのように。
「……悪くありません」
低く、落ち着いた声。
ローブの奥から鋭い視線が向けられる。
この男。
今まで後方に徹していたが、明らかに格が違う。
「どうやらこちらも最後の手段を出す必要があるようですね」
掌に現れたのは、先ほどよりも一回り大きな魔石。
だがそれは石の気配ではない。
内部で何かが“羽ばたいている”。
脈動する魔力が、殻の内側で跳ねている。
「仕方ありません。
あまりこちらを使うつもりはなかったんですが」
静かに宣言する。
「カデフさん。詠唱の間、少し牽制をお願いしますよ」
長い詠唱が始まる。
空気が変わる。
重く、張り詰める。
空気が、粘つくように沈む。
同時に、魔石の周りに先ほどのゴーレムと同じように何かが絡みだす。
だが現れたのは石ではない。
それは木だ。
乾いた音を立てながら、細い枝が魔石を中心に伸びる。
枝は枝を呼び、幾重にも絡まり、捻れ、締まり、編み上がっていく。
節が隆起し、樹皮が走る。
繊維が締まり、強度を得る。
まるで見えない彫刻家が、瞬時に命を刻んでいるかのように。
(今魔導士に攻撃をかければカデフに狙われる。
だとすれば――こっちだ!)
イヴァンスが勝負を仕掛ける。
地面を強く蹴り、一直線にカデフへ突進する。
詠唱中の魔導士を守れるのは、今はあの男だけ。
カデフも即座に反応した。
「ファイア!」
炎が一直線に走る。
空気を裂き、視界を灼く。
だがイヴァンスは盾を前に出し、衝撃を滑らせるように受け流す。
爆ぜる火花を踏み越える。
間合いに入る速度が速すぎる。
カデフの目が見開かれた。
「しまった!」
二撃目を撃つ暇はない。
イヴァンスの踏み込みは、躊躇がない。
剣が振り抜かれる。
衝撃。
鈍い音とともに、カデフの身体が宙に弾かれ、地を転がる。
そのまま動かない。
周囲に転移陣が展開する。
退場。
「残るは魔導士だけだ!」
イヴァンスが叫ぶ。
勝負は詰んだ――
その、はずだった。
――軋む音。
小さな、だが不快な破砕音が、背後から響く。
魔石が、脈打つ。
枝の編み込みが一気に加速する。
先ほどよりも速い。
太い幹が形成される。
それが裂ける。
内部から現れるのは、骨格。
細く、軽量に組み上げられた木のフレーム。
翼。
左右へ大きく広がる。
薄く削られた羽板が何層にも重なり、空気を掴む形状へと整えられる。
鋭い嘴。
節の先端が削れ、刃のような曲線を描く。
頭部が完成する。
空洞だった眼窩に、淡い魔力光が灯る。
――鳥。
だがただの鳥ではない。
地上型ではない。
空を奪うための形。
完成と同時に、地面に接していた爪が跳ねる。
羽ばたき。
爆ぜる風圧。
砂塵が舞い上がる。
速い、というより――軽い。
質量を感じさせない移動。
次の瞬間には、もう位置がずれている。
イヴァンスの背筋に、冷たい感覚が走る。
勝利宣言は、早すぎた。
鳥型ゴーレムは、首を傾ける。
獲物を見定める猛禽の動き。
そして。
地を蹴るのではなく――
消えるように前へ出た。
目標、セーニャ。
「えっ――」
反応が一瞬遅れる。
木の翼が叩きつけられる。
「きゃー!」
セーニャの身体が宙を舞う。
地面を転がる。
「セーニャ!」
イヴァンスが叫ぶが、倒れたセーニャの周囲に転移陣が展開する。
セーニャ退場。
残るのは。
イヴァンス。
ベラミカ。
そして空を支配する木の鳥とそれを操る魔導士。
その速度は常軌を逸している。
急旋回。
急停止。
再加速。
空間を削るような軌道。
イヴァンスが間合いを詰めようと踏み込むたび、すでにそこにはいない。
「速すぎる……!」
ベラミカも立ち上がりきれないまま、必死に転がって躱す。
風圧だけで砂が舞う。
視界が揺らぐ。
このままでは、操っている魔導士に手が届かない。
そのとき。
「……ミスト」
突然ベラミカが残りの魔力を使って魔法を唱えた。
それはただ霧を発生させるだけの魔法。
だが白い霧が闘技場全体に広がる。
湿り気を帯びた空気が一気に満ちる。
視界が奪われる。
しかしゴーレムは躊躇しない。
霧の中へ突入する。
一度。
二度。
三度。
そのたびに、ゴーレムの体が霧の水分を吸収していく。
木の繊維が水を含む。
翼が濡れる。
羽ばたきが鈍る。
わずかに、だが確実に速度が落ちる。
《……このゴーレムは、私が止める》
ベラミカの念話が届く。
《次の攻撃の時にとどめをかけるのよ》
次の瞬間。
霧を突き破り、ゴーレムが急降下する。
狙いはベラミカ。
逃げない。
杖を構える。
「――ウォーター!」
大量の水が叩きつけられる。
直撃。
木であるゴーレムの体が完全に濡れる。
水を吸い、重量が増す。
だが。
ゴーレムは止まらない。
そのままベラミカへ体当たりを仕掛ける。
衝突。
ベラミカの身体が大きく弾き飛ばされる。
転移陣が展開。
退場。
しかし。
ゴーレムが飛べない。
水分を含んだ木の体は重く、翼をいくら羽ばたかせても浮き上がらない。
足が地を離れない。
「終わりだ」
イヴァンスが踏み込む。
迷いはない。
剣が核を正確に捉える。
砕ける音。
木片が散る。
魔力光が消える。
ゴーレムの活動が完全に停止した。
詠唱を終えていた魔導士が、愕然とする。
「……まさか。しかしまだ終わったわけではない!」
三連の炎が生成される。
指向性を持った圧縮炎。
「ファイア!」
だが。
イヴァンスは止まらない。
盾を構える。
炎を正面から受ける。
衝撃を殺し、軌道をずらし、押し潰す。
レックとの対魔法戦で叩き込まれた技術。
三連の指向性ファイア程度では、足は止まらない。
一つを逸らし。
一つを割り。
最後を踏み潰す。
そのまま踏み込む。
魔導士の間合い。
剣閃。
衝撃。
魔導士の身体が宙を舞う。
地面に叩きつけられたその周囲に転移陣が展開する。
退場。
静寂。
砂煙がゆっくりと沈む。
闘技場に立つのは――
イヴァンス一人だった。




