夏の選抜闘技大会 準決勝③
プラーサの意識が、極限まで研ぎ澄まされる。
十体。
密集。
核の位置。
重心の偏り。
そして――
《今よ!》
「――メテオ」
次の瞬間、空が歪んだ。
重力が軋む。
観客席のざわめきが、ぴたりと止まる。
「な、なんだあれは!」
上空を指さしながら、ある観客が悲鳴混じりに叫ぶ。
闘技場の上空に、魔力で編み上げられた巨大な塊が顕現する。
見た目は、まさしく隕石そのもの。
圧倒的な質量感を伴い、その隕石が轟音と共に闘技場へ落下してくる。
空気が裂ける。
衝撃波が走る。
イヴァンスが動いた。
ゴーレムの拳を、紙一重で滑り抜ける。
肩をかすめる石片。
石の拳を潜り、滑り、弾き、
爆風よりも速く、包囲網を突破する。
直後。
直後。
イヴァンスの背中に、凄まじい衝撃が襲いかかる。
空気が叩きつけられる。
視界が白く弾ける。
次の瞬間、身体が前方へと弾き飛ばされた。
地面が爆ぜる。
衝撃波が背を打ち、肺の空気を強引に吐き出させる。
「……っ!」
声にならない息が漏れる。
数メートル先を転がる。
砂を噛み、石片が頬を裂く。
それでも。
両手を地面に突き立て何とか爆風をしのぐ。
膝が沈む。
轟音が、空間そのものを揺さぶる。
十体のゴーレムが、まとめて押し潰される。
「グシャァァッ……」
石が砕け、圧し潰され、軋む音が重なって響く。
砂煙が爆発的に舞い上がる。
視界が、完全に消える。
「パキィィン!!」
その混濁の中に、わずかだが確かに魔石が砕け散る音が響いた。
核が、潰れた証。
《イヴァンス、突撃!!》
プラーサの念話が鋭く響く。
イヴァンスが踏み込む。
迷いはない。
一直線に、真ん中の魔導士のいた場所へ。
背後ではプラーサも同時に動く。
狙いは、カデフ。
砂煙の中。
魔導士たちは一瞬、硬直する。
補充が間に合わない。
視界がない。
状況把握が追いつかない。
その刹那。
砂煙を裂き、イヴァンスが飛び出す。
一閃。
閃光の軌跡が走る。
一人目の魔導士に、鋭い一撃。
「ぐわああっ!」
魔導士の体が宙に舞い、勢いよく吹き飛ばされる。
倒れた魔導士の周囲に転移陣が展開する。
光が足元から広がる。
全身が包まれ、退場。
残り二人。
イヴァンスは着地と同時に体勢を返す。
踵を返し、今度は右の魔導士へ踏み込む。
その瞬間。
「――ファイア!」
メテオが詠唱された、その瞬間。
カデフはすでに次の一手を完成させていた。
掌に凝縮された炎。
脈打つ魔力。
詠唱は終わっている。
一直線に、イヴァンスへと放たれる業火。
逃げ場のない角度。
避けきれない軌道。
イヴァンスの瞳が、わずかに見開かれる。
だが――
横から影が飛び込んだ。
砂煙を突き破り、プラーサがファイアへと突進する。
その表情に迷いはない。
ほんの一瞬。
イヴァンスの背中を見る。
それだけで、十分だった。
そのまま。
火炎を、真正面から受け止める。
「きゃあああっ!」
爆炎が炸裂する。
衝撃が空間を叩き割る。
閃光が闘技場を白く染める。
熱風が荒れ狂い、焦げる匂いが広がる。
プラーサの小さな身体が、大きく弾き飛ばされる。
地面を打つ。
転がる。
止まる。
その指先が、ぴくりと震える。
何かを掴もうとするように。
しかし、力は入らない。
イヴァンスが振り向く。
一瞬だけ。
その視線が、彼女を捉える。
プラーサの唇が、かすかに動く。
声にはならない。
けれど。
『――任せたわよ』
そう言ったように見えた。
次の瞬間。
彼女の周囲に転移陣が展開する。
淡い光が、優しく包み込む。
戦場から切り離すための光。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
プラーサの姿が薄れていく。
光が弾ける。
消失。
退場。
静寂。
一瞬だけ、戦場の音が遠のく。
観客席。
「プラーサ!」
ディハン軍務卿が、椅子を蹴るようにして立ち上がる。
いつもの威厳も、冷静さもない。
顔色が変わっている。
拳が、震えている。
「医療班は! すぐだ、急げ!」
思わず怒鳴る。
周囲の側近が慌てて動き出す。
軍務卿はすでに駆け出していた。
制止の声も聞かない。
段差を踏み外しかけながら、それでも止まらない。
視線はただ一点。
退場地点。
「あの子は……!」
普段は決して人前で感情を露わにしない男。
その喉が、詰まる。
歯を食いしばる。
焦燥。
恐怖。
後悔。
あらゆる感情が、その背中に滲んでいた。
観客たちもざわめく。
誰もが、あの爆炎を見た。
小さな身体が吹き飛ぶ瞬間を見た。
祈るような空気が、観客席を覆う。
闘技場。
イヴァンスは、振り返らない。
振り返らないまま、二人目の魔導士へ斬りかかる。
だがその踏み込みは、先ほどよりも深い。
怒りが、宿っている。
「覚悟ぉ!」
刃が閃く。
魔導士が吹き飛ぶ。
転移陣の光。
退場。
しかしイヴァンスの視線は鋭いまま。
残るは、三人目とカデフ。
砂煙の向こう。
決着は、まだ終わっていない。




