ドラゴンとの契約
翌朝、本格的なドラゴン討伐作戦が開始された。
「せっかくだ。
ドギと同等の実力があるなら、ドラゴン討伐の本隊に参加してみんか」
グレッグ将軍の提案に、イヴァンスは一瞬だけ目を瞬かせ、
そして、すぐにすぐに頷いた。
本来――
村からの参加者は、戦闘要員ではない。
野営地の設営と維持、それが彼らに与えられた役割だった。
そのため、
騎士団からはドギが、
村から参加しているビソップを含む四名は、
引き続き野営地に残り、待機となる。
討伐隊に同行するのは――
イヴァンスただ一人。
その異例の決定を受け、
イヴァンスは野営地の一角へと呼ばれていた。
「サイズ的にそうね~これかしら?」
そう言ってマルティアは、
並べられた装備の中から、慎重に一式を選び出す。
まずは防具。
過剰に重くならぬよう調整された胸当てと、
可動域を妨げない軽装の腕当て。
イヴァンスの体に合わせ、
一つひとつ留め具を締めていく。
「……きつくない?」
「大丈夫だ」
次に剣。
マルティアは数本の中から一本を手に取り、
軽く振って重心を確かめながら、微笑んで差し出した。
「これがいいわ。無理に力を入れなくても、ちゃんと応えてくれる」
イヴァンスはそれを受け取り、静かに鞘へ納める。
周囲の視線が自然と集まった。
――村から来た一人の少年が、
討伐隊の一員として選ばれる。
それが、どれほど異例なことか。
その場にいる誰もが理解していた。
やがて討伐隊は、
ドラゴン討伐の依頼が出された地点の周辺へと到着する。
「グレッグ将軍、この光景は……。あまりに想像と違います。
本当にドラゴンが出現したのでしょうか?
まったく荒れた痕跡が見当たりません……。
まずは、周辺の捜索から行いますか?」
マルティア参謀が、状況を確認しながら問いかける。
そのやり取りの最中、
イヴァンスはふと、小高い丘の上へと視線を向けた。
なぜかイヴァンスは、ドラゴンに呼ばれている気がした。
そして、何かに引かれるように――
そのまま、そちらへ歩き出す。
「イ、イヴァンス。
単独行動は控えんか!」
慌てて制止しようとするグレッグだったが、
イヴァンスは振り返りもせず、歩みを止めない。
自分が“感じた”ものに従うように、
迷いなく、丘へと進んでいった。
丘の奥、木々に囲まれた一角を抜けた先で、
彼らは一匹のレッドドラゴンと、その子供を発見した。
グレッグたちが姿を現した瞬間、
子供のドラゴンは「ぴぃ~~っ」と甲高く鳴き、
こちらを威嚇するように身構える。
だが、親であるレッドドラゴンは――
明らかに衰弱していた。
大きな体を地に横たえ、
その呼吸は浅く、かすかだ。
「……さて、どうしたものか」
グレッグが低く呟いた、その時だった。
――直接、頭の奥に響く声。
《あなた方は……私を討伐しに来たのですね》
突然の感覚に、討伐隊の全員が息を呑む。
《ですが……見ての通りです》
《私は、もう長くは生きられません》
衰弱したレッドドラゴンが、
ゆっくりとその瞳をこちらへ向ける。
《どうか……お願いがあります》
《この子を、保護してはいただけないでしょうか》
子供のドラゴンは、不安そうに小さく鳴き、
親の体に身を寄せた。
《この地を離れる力もなく、
この子を守りきることも……もうできません》
その声は、
恐れでも、怒りでもなかった。
ただ、
子を想う、母の声だった。
グレッグは即答できず、
一度、深く息を吐いた。
「……まさか、討伐対象に逆にお願いされるとはな」
重い沈黙が、その場を包み込む。
イヴァンスが、静かに一歩前へ出た。
「イヴァンス、そこで待機していろ」
グレッグが即座に制止の声を飛ばす。
だが――
「ぴぃぃぃ――っ!」
子供のドラゴンが甲高く鳴き、警戒を強める。
次の瞬間、小さな口から炎が吐き出された。
いくら子供とはいえ、相手はレッドドラゴン。
放たれた炎は、魔導士の放つ《ファイア》に匹敵する威力だった。
「――っ!」
だがイヴァンスは、身をひねるようにしてそれを軽くかわす。
そして、止まらない。
炎を吐かれたことなど、意にも介さぬ様子で、
彼はそのまま母ドラゴンの方へと歩み寄っていった。
「……!」
討伐隊の空気が一瞬、凍りつく。
その時――
弱々しく横たわっていた母ドラゴンが、静かに声を響かせた。
《我が子よ……お待ちなさい》
再び攻撃しようとしていた子供ドラゴンは、
その声にぴたりと動きを止める。
母ドラゴンは、ゆっくりと首を伸ばし、
イヴァンスの額へと、自らの頭をそっと当てた。
――次の瞬間。
イヴァンスの意識の奥に、何かが流れ込んでくる。
彼の内にある想い――
守ろうとする優しさを、
母ドラゴンは、静かに受け止めるように見つめた。
そして。
まばゆい光が、その場を包み込む。
イヴァンスの右手の甲に、
竜の紋様のようなあざが、浮かび上がった。
「……っ!?」
驚く討伐隊をよそに、
母ドラゴンは穏やかに告げる。
《我が子よ……》
《この方の手の甲に、触れなさい》
《この方は……あなたを、守ってくださるでしょう》
イヴァンスは、ゆっくりと手の甲を差し出した。
「……おいで」
その声は、命令ではなかった。
子供のドラゴンは一瞬、戸惑うように身を縮め――
やがて、恐る恐るイヴァンスへと近づいていく。
そして、
イヴァンスの右手の甲へ、そっと頭を触れさせた。
次の瞬間。
あざと、子供のドラゴンの体が、
再びまばゆい光に包まれる。
――契約が、結ばれたのだ。




