夏の選抜闘技大会 準々決勝②
吹き飛ばされたアタッカーを視界の端に収めながら、
支援術師は一歩も動じなかった。
砂煙の向こうで転移陣が淡く消える。
だが、その瞳に焦りはない。
「タンク、下がれ」
短く、的確な指示。
追撃に出かけかけたタンクが即座に踏み止まり、距離を取る。
無駄な深追いはしない。
統制の取れた動きだった。
にらみ合い。
砂地に落ちた血が、まだ乾いていない。
互いに荒い呼吸。
イヴァンスの肩が上下する。
だが整えているのは、彼だけではない。
支援術師の瞳が、静かに盤面を組み直していた。
戦力差。
消耗度。
配置。
次の三手。
すでに思考は先へ進んでいる。
「支援魔法——スピード」
淡い光がタンクの身体を包む。
筋肉の収縮が加速する。
直後。
地を裂くような踏み込み。
「行け」
一直線にイヴァンスへ。
重い体躯とは思えない速度。
同時に。
支援術師の指先がわずかに動いた。
視線はベラミカへ。
「かまいたち」
空気が裂ける。
目に見えぬ刃が一直線に走る。
「っ——!?しまった!」
予想外の角度。
詠唱の最中だったベラミカは、反射的にバリアを展開する。
風刃が弾かれ、火花が散る。
だがその瞬間。
リバースバフの詠唱が、途切れた。
「今だ、ルフィン」
間髪入れぬ指示。
ルフィンの詠唱はすでに完了している。
さすがは貴族の子息。
訓練を積んだ魔力制御。
「ファイア」
灼熱が一直線にイヴァンスへ放たれる。
セーニャの支援で速度は上がっている。
視認も回避も、通常より速い。
だが。
体力は、限界に近い。
イヴァンスは歯を食いしばり、火線を躱す。
熱が頬を焼く。
焦げた匂い。
しかし。
着地の瞬間。
わずかに足が揺れた。
ほんの一瞬の、ふらつき。
観客席から小さなどよめきが漏れる。
「逃すか~!!」
タンクが見逃すはずがない。
鋼の拳が振り下ろされる。
その影が覆いかぶさる。
その瞬間。
イヴァンスの瞳が、まだ死んでいなかった。
「——まだだ!!」
限界を超えた踏み込み。
砕けかけた膝を無理やり前へ出す。
迎え撃つ一撃。
衝突。
轟音。
空気が震える。
二人の身体が、ほぼ同時に弾け飛んだ。
砂地を滑る。
転がる。
そして——
二つの転移陣が、同時に発動した。
白光が弾ける。
イヴァンスとタンク、同時退場。
会場が一瞬、息を止める。
砂地に残るのは、焦げ跡と、熱。
そして、静まり返った空気。
重い沈黙。
三対二。
いや——実質、二対二。
プラーサは戦力外と判断していい。
支援術師の瞳が冷静に戦況を測る。
「指揮役のプラーサは戦力と考えなくて大丈夫でしょう。
まずはセーニャを落とします」
簡潔な結論。
それが最適解。
セーニャは自分が格下だと分かっている。
支援術師は自分より上。
正面からでは勝てない。
それでも。
『お姉さま』
念話が静かに繋がる。
戦場の喧騒の中、二人だけの回線。
『なに?』
『お姉さまは接近戦も大丈夫でしたわよね』
『前回の戦い見てたでしょ。そこらのアタッカーより強いわよ』
軽い自信。
誇張ではない。
『私がお姉さまにスピードをかけます。
直接、ファイアを二人にお見舞いしてください。
思いっきりですよ』
一瞬の沈黙。
状況を計算する気配。
そして。
くすり、と笑う。
『セーニャ、あんた、面白いこと思いつくじゃない』
高揚。
信頼。
『いいわよ』
次の瞬間。
セーニャの支援魔法が、ベラミカの身体を包む。
爆発的な加速。
支援術師の目が見開かれる。
「しまった……前衛が……!?」
そう。
タンクもアタッカーも、もういない。
止める壁が、ない。
一直線。
砂を裂き、距離が消える。
一回戦で証明済み。
武闘家の連撃も、アタッカーの斬撃も、
バリアと重力制御で躱していた。
ベラミカは近接戦もこなせる、希少な魔導士。
「まずい!」
気づいたときには、もう遅い。
詠唱は、すでに終わっている。
ベラミカの唇が、ゆっくりと開く。
「ギガ——ファイア」
爆炎が、支援術師とルフィンを呑み込む。
支援術師は即座にバリアを展開。
だが。
至近距離での全力火力。
圧縮された炎が、障壁を軋ませる。
次の瞬間。
バリアごと、吹き飛んだ。
轟音。
衝撃波。
観客席まで熱が届く。
そして——
爆炎の中心にいたベラミカ自身も、反動で弾き飛ばされる。
「きゃっ——!?」
砂地を転がる。
闘技場に巨大な砂煙が巻き上がり、視界が完全に失われる。
静寂。
煙の中。
二つの光が、ゆっくりと浮かび上がる。
術式円。
どちらだ。
会場が凍りつく。
砂煙が闘技場を覆い尽くし、何も見えない。
ただ、煙の奥で淡い光が二つ、ゆっくりと浮かび上がる。
術式円。
退場の転移陣。
しかし観客席からは、その位置関係までは判別できない。
煙の奥で、二つの術式円が淡く光る。
白光が上へと昇った。
どちらが消えたのか。
分からない。
会場が息を呑む。
重い静寂。
やがて。
砂煙が、ゆっくりと晴れはじめる。
焦げ跡。
抉れた地面。
そして——
「いった~……」
間の抜けた声が、静まり返った闘技場に響いた。
一拍の空白。
次の瞬間。
観客席が爆発する。
歓声。
どよめき。
拍手。
砂煙の中から、よろよろと立ち上がるベラミカの姿が見える。
服は焦げ、髪は乱れ、煤で頬が汚れている。
それでも。
その足元に、転移陣はない。
勝者。
「ちょっと全力で行き過ぎたわ」
肩を回しながらのぼやき。
その軽さが、逆に場を沸かせる。
歓声はさらに大きくなる。
その後ろで。
セーニャが、静かに息を吐いた。
胸の奥の緊張がほどける。
そして、ふっと笑う。
わだかまりのない、まっすぐな笑み。
準々決勝、決着。




