親友のプラーサ
祝勝会の席で、クラリスはふと視線を上げた。
――いない。
セーニャの姿も、ベラミカの姿も。
理由は、なんとなく察していた。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(……やっぱり)
迷ったのは、ほんの一瞬だけだった。
クラリスはそっと席を立つ。
「プラーサさん」
声をかけられたプラーサは、びくりと肩を震わせた。
「は、はいっ」
「セーニャさんのお友達、ですよね?」
「え、あ、はい……」
「ちょっと、相談したいことがあるんだけど」
その言葉に、プラーサの顔がみるみる強張る。
(き、気づいてるよね!? 絶対気づいてるよね!?)
「え、ど、どうしよう……」
小声で呟いた瞬間、横から柔らかな声が割って入った。
「あら、いいじゃない」
振り向けば、ディハン夫人がにこやかに微笑んでいる。
「せっかくお友達ができそうなんでしょう? プラーサ」
「え、で、でも……」
「お家に招待して、泊まっていってもらったら?」
さらりと言われて、プラーサは目を丸くする。
「どうせストーン村から来ているのなら、宿屋に泊まっているのでしょう?」
――逃げ場、なし。
クラリスは小さく息を吸った。
「……いいんですか?」
ディハン夫人は楽しそうに微笑む。
「もちろんよ」
「若い子は、夜にたくさんお話をするものなんですから」
プラーサの心臓が、ばくばくと音を立てた。
(絶対、あの話よね……。うぅ……でも、セーニャのためだもの……)
祝勝会は、まだ賑わいの余韻が残っていた。
笑い声や杯の音が廊下の隅まで響き、陽気な声が交差している。
ディハン夫人が、にこやかにクラリスを見やりながら言った。
「さあ、行きましょう」
クラリスは小さくうなずき、プラーサの横に立つ。
プラーサは少し渋々と肩を震わせながら、
深呼吸して心を落ち着け、クラリスの後について歩き出した。
二人は賑やかな宿屋の玄関を抜け、夜の涼しい空気の中をディハン邸へ向かう。
街灯が石畳を柔らかく照らし、夜の静けさが徐々に心を落ち着かせてくれる。
ほどなく、ディハン邸の大きな扉が前方に見える。
柔らかな灯りが窓から漏れ、夫妻が温かく迎えてくれるのがわかる。
クラリスは軽く頭を下げ、心臓の高鳴りを抑えながら邸内へと足を踏み入れた。
そのままクラリスは、邸の奥にある談話室へと案内された。
暖炉の火が柔らかく揺れる部屋は、先ほどの祝勝会の賑やかさとはまったく違い、
静けさに包まれていた。
暖炉の火が柔らかく揺れる部屋は、
先ほどの祝勝会の賑わいとはまったく違い、静けさに包まれていた。
クラリスは椅子に腰を下ろすと、軽く手を組み、視線を少し落とした。
プラーサも同じく椅子に座る。二人の間には、沈黙が少しだけ重くのしかかる。
クラリスは小さく息をつき、口を開いた。
「あのね、プラーサさん。セーニャさんのことなんだけど、
イヴァンスのこと、好きなんだよね?」
プラーサは少し肩を震わせ、視線を落とす。
「た、たぶん……。はっきり聞いたわけじゃないけど、
今までの態度や表情から見て、
好きっていうのは間違いないと思う」
クラリスは静かに頷き、言葉を選ぶように続ける。
「それでね、イヴァンスと私の“結婚の約束”のことなんだけど、
ちゃんと話しておかないといけないと思って」
プラーサの手が小さく震える。
「実はね……イヴァンスって、昔から私と、
もう一人、二人と結婚すると言ってるの」
「え?」
プラーサは、言われたことがすぐには理解できない様子だった。
「昔からイヴァンスって、私ともう一人、
誰か好きになるから二人と結婚するんだって。
ずっと言ってるのよ。私たちが5歳のころから」
プラーサは言葉を失い、椅子の上で小さく肩を震わせる。
「クラリスさん……それで、OKなの?」
クラリスは小さく笑みを浮かべ、瞳には静かな覚悟が宿っていた。
「私自身も、なかなか割り切れなくてね……」
沈黙が、二人の間に静かに流れる。
クラリスは視線を落とし、ゆっくりと息をついた。
「プラーサさん、セーニャさんはまだ失恋したわけじゃないんだよ。
イヴァンスがどう思ってるか、私にも分からない。
でもね……私がいるからって、
セーニャさんがイヴァンスのことをあきらめなくてもいいってこと」
プラーサは目を大きく開き、少し戸惑った表情を浮かべる。
「……クラリスさん……そんなふうに思ってくれてるんだ」
クラリスは微かに笑みを浮かべ、しかし真剣なまま続ける。
「うん。彼女には、
少しでも安心して自分の気持ちを受け止めてもらえる時間が必要だと思うの。
だから、プラーサさんにも力を貸してほしいんだ」
プラーサも深く息を吸い、覚悟を決めるように小さく頷いた。
「……うん。分かった。友達だもん。私がセーニャを支えないとね」
クラリスはゆっくりと頷き、静かに言葉を重ねた。
「ありがとう。二人で、彼女が少しずつ前を向けるようにしてあげましょう」
ランプの柔らかな灯が、二人の間をほんのり照らす。
その光の下、二人の決意は、静かに確かなものになった。
「じゃあ……明日、セーニャさんのところに行こう」
クラリスが呟く。
プラーサは小さく肩を震わせながらも、力強く答える。
「ええ。どうやって立ち直らせるか、二人で考えましょう」
そして、クラリスは軽く視線を外し、微かに笑った。
「もちろん、レックも一緒にね……」
部屋の外では、まだ祝勝会の余韻が遠くに残っている。
けれど、二人の胸の中には、もう別の小さな戦いが始まっていた。
――明日、聖女の心に、ほんの少しの光を届けるために。
二人の目が、互いに静かに交わる。
その瞳には、覚悟と希望が混ざり、未来への期待が揺れていた。




