夏の選抜闘技大会 つかの間のひととき
宿屋ワーランに併設された食堂では、ささやかな祝勝会が開かれていた。
長い木のテーブルいっぱいに並ぶ料理の数々。
煮込み肉、焼きたてのパン、
香草を利かせた魚のソテー、色鮮やかなサラダ。
それらはすべて、クラリスの手によるものだった。
ストーン村で宿屋を切り盛りしている彼女は、
厨房の中を軽やかに動き回りながら最後の仕上げをしている。
ちょうどそのタイミングで、イヴァンスたちが宿屋へ戻ってきた。
扉が開く。
同時に、別の足音も重なる。
振り向いた先にいたのは、昼間戦ったあの三人組だった。
「お、さっきの生徒たちじゃねえか?」
武闘家が気さくに声をかける。
「なによ、あんたたち。ここでも絡もうっての?」
ベラミカの声は鋭い。
「そ、そんなんじゃね~よ!」
慌てて否定する武闘家。
その後ろから、落ち着いた声が響いた。
「対戦時には挨拶できませんでしたね。
折角ですので自己紹介させてください」
一歩前に出た支援術師が一礼する。
「私は支援術師のアイク。武闘家のルーフィ、アタッカーのフックスです。
よろしくお願いします」
ベラミカも肩をすくめながら応じた。
「魔導士のベラミカ。アタッカーのイヴァンス、聖女のセーニャ、指揮のプラーサ。
後ろがプラーサの両親で、ディハン軍務卿夫妻よ」
「よろしく」
ディハンが穏やかに頷く。
「ぐ、軍務卿様ですか!? よ、よろしくお願いします!」
三人が同時に背筋を伸ばす。
ベラミカはくすりと笑った。
「素行が悪いって話、聞いてたけど? そこまで悪そうじゃないじゃない」
「そ、そんな話まで聞いてんの? まいったな~」
ルーフィが頭を掻く。
「まあ冒険者だからな。口が悪いのが災いして依頼主よく怒らせてっからな」
フックスがぼそっと言う。
「私がどれだけ大変か、少しは考えてほしいですね」
アイクがため息をついた。
空気が少し和らいだところで、アイクが真面目な顔になる。
「ベラミカさん。少しお聞きしたいのですが――
あの逆位相魔法、“リバースバフ”とはどのような魔法なのですか」
食堂の空気がわずかに張り詰める。
ベラミカはゆっくりと椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
「まあ、知らなくて当然よね。冒険者は対魔物戦が基本でしょう?
対人戦を前提にした魔法なんて、そう触れないわ」
「確かに……」
アイクが静かに頷く。
「この魔法は魔導士団長が考案したものよ。
使いこなせるのは団でも数名だけ」
ディハンの視線がわずかに動く。
「支援魔法は魔力の流れを整え、正位相に固定する魔法。
リバースバフはその流れを逆にする」
「逆流……」
「そう。強化しているつもりで内部干渉を起こす。
自分の支援が、自分の首を絞める」
「だから身体が妙に重くなったのか……」
ルーフィが腕を振る。
「重くなっただけで済んだのは、基礎がしっかりしてたからよ。
下手なら暴走してたわね」
さらりと恐ろしいことを言う。
「ま、こっから先は企業秘密よ」
その直後。
「あ、姉さん! 弟子入りさせてくれ!」
ルーフィが勢いよく両手を合わせ、深々と頭を下げた。
食堂が一瞬静まる。
「……は?」
ベラミカが片眉を上げる。
「アタッカーや武闘家と普通にやりあえる魔導士ですら希少なのに、
あんな術式まで使えるとか反則だろ!
魔導士としての才能も天下一品だ!」
ぐいっと顔を上げる。
「俺、姉さんに一生ついてきます!」
「お、俺も!」
「私もぜひ!」
フックスとアイクまで身を乗り出す。
「俺、今まで力押しばっかでさ……今日初めて“術で負けた”って思った。
ああいう戦い方、覚えたいんだ」
ルーフィが額に手を当てる。
「ちょっと待ちなさい二人とも。私はそんな話――」
「姉さん! 頼む!」
「姉さん!」
連呼。
「誰が姉さんよ。そもそも私まだ二十三歳よ!
あなた達より年下なんだから!」
食堂が凍った。
「……二十三?」
「団長クラスの貫禄だったからつい……」
「喧嘩売ってる?」
笑っていない。
必死のフォローが飛び交う中、セーニャが小さく笑う。
「でも“姉さん”って呼ばれるの、少し嬉しそうでしたよ?」
「嬉しくないわよ!
もう、ディハン軍務卿、なんとか言ってくださいよ」
助けを求められたディハンは、杯を傾けながら三人を見る。
「いいのではないか。学園には騎士団の訓練場もある。
合同訓練として冒険者が参加すること自体、問題はあるまい」
「え、いいんですか!?」
「ただし」
声がわずかに低くなる。
「規律は守ること。訓練は遊びではない。
そして帝国の内部事情を軽々しく外に流さぬことだ」
「承知しております」
アイクが即座に一礼する。
ディハンは続ける。
「冒険者は自由だ。だが自由ゆえに体系的鍛錬に乏しい。
帝国は統制が強い分、実戦の荒さが不足する
互いに補えるなら、価値はある」
それは建前。
今回の大会は、学園の名を借りた囲い込みでもある。
有望な冒険者を帝国の枠内に置く。
少なくとも敵にはしない。
ディハンは静かに告げた。
「本気で学ぶ気があるなら、騎士団として受け入れるよう計らおう」
ルーフィの拳が震える。
「ありがとうございます!」
三人は深く頭を下げた。
ベラミカはため息をつく。
「もう、仕方ないわね。
ただし――私の講義は甘くないわよ」
「望むところだ、姉さん!」
「だから姉さん言うな!」
笑いが弾ける。
その夜、祝勝会はいつの間にか合同宴会へと変わっていた。
帝国と冒険者。
本来なら交わりにくい二つの道が、
小さな食堂で静かに交差した夜だった。
そしてベラミカには、新たな“舎弟候補”が三人増えたのだった。




