夏の選抜闘技大会 一回戦終了
三人が離脱した闘技場に、重い静寂が落ちた。
砂煙がゆっくりと沈み、割れた石畳の上で、
最後まで残っていた支援術師が肩を落とす。
荒い呼吸だけが、やけに大きく響いていた。
「……降参だ」
両手を上げるその姿に、審判役の教官が短く笛を鳴らした。
「そこまで! 勝者――イヴァンス隊!」
一拍の静止。
次の瞬間、観客席から爆発のような歓声が湧き起こる。
イヴァンスはゆっくりと息を吐いた。
握っていた剣を下ろし、ようやく肩の力を抜く。
「……終わったな」
その背に、勢いよく飛びつく影。
「イヴァンス君っ!」
プラーサが満面の笑みで手を振り上げる。
「ナイス! あの踏み込み、最高だったわ!」
「お、おう」
ぱんっ、と乾いた音。
強めのハイタッチにイヴァンスが顔をしかめる。
「力強すぎだろ」
「勝ったんだからこれくらいいいの!」
もう一度、と差し出された手に苦笑しながら応じる。
そこへベラミカが歩いてくる。
「よしよし、よくやったわよ、イヴァンス」
ざっくばらんな声で、遠慮なく手を上げる。
「正面からぶち抜くとは思わなかったけどね。
ああいうの、嫌いじゃないわよ」
「……褒めてるのか?」
「ちゃんと褒めてるわよ。今日は素直に受け取りなさい」
ぱしん、と軽いハイタッチ。
先生らしい、気負いのない祝福だった。
少し遅れて、セーニャが歩み寄る。
胸元で杖を握りしめ、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。
歓声の中で、足がわずかに止まる。
それでも。
「……イヴァンス君」
呼ばれて振り向く。
「セーニャ。怪我は?」
「ありません」
小さく息を整え、まっすぐに彼を見る。
「守ってくれて……ありがとう」
素直な声だった。
イヴァンスは、きょとんと瞬きをする。
それから、何でもないことのように微笑んだ。
「前衛の仕事だ。気にすんな」
セーニャは、ほんのわずかに笑みを浮かべる。
「あの瞬間、少しだけ……ごめんなさい。
でも……防いでくれて、うれしかったです」
言葉にしたあと、自分でも驚いたようにセーニャは瞬きをする。
イヴァンスは、きょとんと瞬きをする。
「……うれしかった?」
まるで確認するように繰り返し、
それから当たり前のようにうなずいた。
「そっか。なら、よかった」
何の含みもない声。
本当に、それだけの意味だった。
プラーサがにやにやと横目で見るが、ベラミカが肩をすくめる。
「ほらほら、浮かれてないで退場するわよ。次もあるんだからね」
◇
観客席。
クラリスは腕の中のレックを見下ろす。
「レック?」
「ぴぃ?」
闘技場の中央。
イヴァンスとセーニャが向き合っている。
ほんの少しだけ、視線を細める。
「ねえ。セーニャさんって……イヴァンスのこと好きなのかな?」
レックは迷いなく。
「ぴぃ!」
即答。
クラリスは一瞬だけ黙る。
それで十分だった。
「……そっか」
小さく息を吐く。
視線をもう一度、二人へ向ける。
イヴァンスは、いつも通りの顔で何かを言っている。
特別なことをしたつもりなど、まるでなさそうに。
その隣で――
セーニャは、ほんのりと頬を染め、どこか嬉しそうに笑っていた。
「……ふふ」
ほんの少しだけ、柔らかい笑み。
「行こ、レック。まずはイヴァンスにおめでとうって言わなきゃ」
「ぴぃ!」
クラリスは立ち上がる。
◇
闘技場の通路を抜けた先。
イヴァンスたちが外に出ると、そこには先に待つ姿があった。
ニコラ会長とクラリス。
その少し後ろには、
腕を組んだディハン軍務卿と、穏やかに微笑む夫人。
ニコラ会長が一歩前に出る。
「イヴァンス君、まずは初戦突破やな。よう頑張った」
落ち着いた声だが、目は確かに満足げだった。
イヴァンスは姿勢を正す。
「ありがとうございます、会長」
その横から、クラリスがひょいと顔を出す。
「イヴァンス、まずは初戦突破おめでとう」
いつもの調子。
けれどその瞳は、ほんの少しだけ優しい。
「まずは初戦突破でも快挙なんだから、
私が手料理ふるまってあげるわ」
「は?」
イヴァンスが素で聞き返す。
クラリスは気にしない。
「ニコラさん、宿屋のワーランの調理場、借りてもいいでしょ?
お世話になったルシアナさんにも、
私の料理の腕が上がったところ見せてあげないとね」
くるりと振り返り、少しだけ肩をすくめる。
「私は先に宿場に戻って、準備しておくわ。
みんなは残りの試合、見ていくでしょ?」
にこりと笑う。
ストーン村の宿場立ち上げで、
クラリスはルシアナに世話になっていたのだ。
クラリスは胸を張る。
「あ、これでもストーン村の宿屋では看板娘なんだからね!」
「看板娘って自分で言うか?」
イヴァンスが呆れた声を出す。
「事実だもの」
さらりと返すクラリス。
そのやり取りを、セーニャは少しだけ驚いたように見つめていた。
そして――
ほんのわずかに、複雑な色が瞳に揺れる。
胸の奥に、言葉にならない何かが落ちる。
それでも、最後には――
ぎこちなく、微笑んだ。
プラーサが小声でつぶやく。
「……なんかもう、祝勝会決定ね」
ベラミカが肩をすくめる。
「まあ、勝った日は騒いでいいわ。明日からはまた地獄よ」
ディハン軍務卿は腕を組んだまま、低く言う。
「浮かれるのは今日だけだぞ、イヴァンス」
「……はい」
だがその声色には、どこか柔らかさが混じっていた。
歓声の余韻がまだ遠くに残る中。
イヴァンス隊の初戦は、確かな手応えとともに幕を下ろした。
そして――
祝勝会という名の、もう一つの騒ぎが始まろうとしていた。




