討伐前夜
夕食時、イヴァンスはグレッグとマルティアのもとに呼ばれた。
三人で焚き火を囲み、少し話をしよう――それがマルティアの提案だった。
夜気の中、焚き火がぱちぱちと音を立てる。
配られた温かいスープを口に運びながら、
イヴァンスは特に深く考えることもなく、素直に口を開いた。
「ねえ、グレッグさんとマルティアさんって、恋人同士なの?」
「ゴホッ、ゴホッ……!!」
唐突な一言に、グレッグは思わず咳き込み、慌てて顔を背けた。
「イ、イヴァンス君……大人をからかうものではありません!」
そう言って叱るマルティアの頬は、
焚き火の炎だけでは説明できないほど赤く染まっていた。
その様子に、周囲の騎士たちからも、くすくすと小さな笑い声が漏れる。
当然と言えば当然だった。
彼らは皇帝自らが選りすぐった騎士たちであり、
グレッグとマルティアの関係を知らぬはずがない。
「え~、違うの? お似合いだと思うけどな~」
そこへ、一人の騎士が楽しげに会話へ割り込んできた。
「イヴァンスちゃん、それは野暮ってもんよ」
艶のある声でそう言ったのは、騎士の一人――シルフィスである。
「大人の恋はね、謎が多いものなん、だ・か・ら♡」
そう言って、彼はわざとらしくウインクを添えた。
「そんなものなのかな~?」
「ところでイヴァンスちゃん、恋人はいるの?」
「うん、いるよ。クラリス。村長の娘なんだ。
俺、絶対彼女と結婚するんだ!」
胸を張って言い切るイヴァンスに、
周囲から感心したような視線が集まる。
だが、その横から、小さな――しかし妙に棘のある声が差し込まれた。
「……シルフィスさん、聞いてくださいよ」
ぼそりと呟くような声。
そこには、明らかに善意とは別の感情が混じっていた。
「あんなに“クラリスクラリス”って言ってるくせに、イヴァンスって、
一人だけ他の女の子と付き合うのは許してほしい、なんて言うんですよ」
その口調は淡々としていながら、
なぜか妙に恨みがましい響きを帯びていた。
ビソップのぼそりとした暴露に、
焚き火の周りから思わず吹き出す者が現れ、笑いが一気に広がった。
「あら~、イヴァンスちゃん。
恋人に浮気宣言なんて、感心しないわ。
ちゃんとその子のことを見てあげないと」
「違うよ、シルフィスさん。二人を本気で好きになるんだよ。
俺、クラリスのことは大好きだけど、
なぜかもう一人大好きな人ができるって、ずっと思ってるんだ。
まあ、そんな人は現れないかもしれないけどね」
シルフィスは一瞬だけ目を丸くし、
それから肩をすくめて笑った。
「ふふ……そんなにイヴァンスちゃんが想ってるなら、
帰り道にストーン村へ寄って、ちゃんと挨拶しておかなきゃね」
そう微笑んでから、シルフィスは焚き火越しにイヴァンスを見つめる。
「で――クラリスちゃんを幸せにするため、
具体的に将来どうするか、考えているの?」
「いや、まだ何にも考えてないよ」
「じゃあ、騎士団を目指してみたら?
お給料だって他よりいいし、クラリスちゃんを守ってあげられるわよ?」
その言葉に、周囲の騎士たちは思わず互いに視線を交わした。
事情はそれとなく噂で知っている。
グレッグ将軍が、イヴァンスをどう騎士団に勧誘するか――
そのことでひそかに悩んでいたことは、
グレッグ将軍の表情を見れば明らかだった。
もし失敗すれば、
あの鉄火面のディアン軍務卿から、
淡々と、しかし確実に圧をかけられる。
そうした根回しや小細工が、
グレッグは決して得意ではない。
だからこそ、
彼は一人、頭を抱えていたのだ。
だが、シルフィスは本気だった。
何の裏も、計算もない。
ただ善意から勧めただけである。
「イヴァンスちゃんの実力なら、確実に入隊できると思うわよ。
まあ、剣技や魔力だけでなく、座学も頑張らないといけないけどね」
「勉強か~。俺、文字も読めないし、計算も得意じゃないからな~」
その言葉に、
これまで黙って成り行きを見ていたグレッグが、静かに口を開いた。
「入隊を希望するのであれば、
勉強ができるように環境を整えてやれるぞ。
学術卿に相談すれば済むことだ」
そこへ、マルティアが静かに頷いた。
「たしかに、地方の文字認識率が低いことは、帝国にとっても問題ですね。
帝都に戻り次第、学術卿と相談の上、
帝国全土の教育を充実させる計画を立てるべきだわ。
教育の充実は、帝国の礎そのものですもの」
一拍置いてから、マルティアはグレッグを見た。
「グレッグ将軍――
帝都へ帰還した後、学術卿への御同行をお願いできますか?
……その時は、王女の同行者としてですけれど」
穏やかな声音だったが、
どこか含みのある言葉だった。
「も、もちろんでございます、姫様。
今回の件は、帝国にとっても極めて重要な内容ですからな」
そう答えた瞬間、
先ほどまでの“将軍”の顔は影を潜め、
そこにいたのは、忠実な臣下としてのグレッグだった。
(これで……ディアン軍務卿にも、ようやく胸を張って報告できる)
胸の内で、ほっと息をつく。
イヴァンスの騎士団への入隊勧誘が、
思わぬ形で道筋を得たからだ。
一方のマルティアは、焚き火越しにグレッグを見つめ、
ほんのわずかに表情を和らげていた。
それは、王女としての命令というよりも――
長く信頼してきた相手に、
そっと甘えるような頼み方だった。
焚き火の赤い光が揺れ、周囲の笑い声もやがて落ち着く。
こうして、討伐前夜の夜は静かに更けていった。




