夏の選抜闘技大会 一回戦③
「行くのよ、炎。少し遊んであげなさい」
ベラミカの指先が、わずかに揺れる。
次の瞬間――
炎は落ちない。
逃げ道を塞ぐように、円を描いて包囲した。
セーニャも詠唱を終える。
「かまいたち――!」
杖先から放たれた風刃が、連なりアタッカーへ走る。
「風が俺に効くと思ったか!」
盾が唸る。
だが、かまいたちは威力ではない。数だ。
視界を裂き、判断を削る。
その背後。
「来い、クソガキ。始末してやる」
武闘家が笑う。
炎を躱しながら、イヴァンスを迎え撃つ。
剣が一閃。
あえて深追いしない、牽制の一撃。
――その瞬間。
《今よ!》
プラーサの念話が走る。
イヴァンスの足元で術式が弾けた。
スピードが解放される。
「いっけぇ!」
一直線に、アタッカーへ。
盾が動く。
かまいたちを捌きながら、
イヴァンスの刃を受け止めようと向きを変えた――
その死角。
「行け、炎たち」
包囲していた火球が、一斉に収束する。
刃と盾がぶつかる衝撃音と同時に。
背後から、横から、視界の外から。
数個のファイアが――
アタッカーを呑み込んだ。
刃と盾がぶつかる衝撃音。
次の瞬間、死角から収束した炎が弾けた。
轟音。
爆ぜる熱波が闘技場を揺らす。
盾ごと、アタッカーの身体が吹き飛んだ。
石畳を削りながら、数メートル滑走する。
焦げた匂いが立ちのぼる。
盾は弾かれ、地面を転がった。
煙の中、なお立ち上がろうと腕をつく。
だが――
力が、入らない。
視界が歪む。
――その瞬間。
足元に淡い光が走った。
術式円が展開する。
アタッカーの身体が、光に包まれた。
次の瞬間、姿が掻き消える。
遅れて、場外の転移陣が閃いた。
観客席から大きなどよめきが上がる。
戦闘不能。
自動転移。
闘技場に残ったのは、盾だけだった。
それを見た武闘家が吠える。
「くそ、ガキのお守りはやめだ!
俺に支援しろ! スピードとパワーだ!」
闘気が膨れ上がる。
後方で、支援術師が眉をひそめた。
「……しかし、契約はどうする。
“防衛対象の保護”は最優先事項だ。
お前に全振りすれば――」
「うるせぇ!」
武闘家が地を踏み鳴らす。
「一人落ちた時点で守りは崩れてる!
勝たなきゃ意味がねぇんだよ!」
支援術師の視線が揺れる。
「……二つの支援魔法は過負荷になるぞ。
お前の身体が持つ保証はない」
一瞬の静寂。
武闘家は、にやりと笑った。
「保証?
そんなもん、最初からねぇだろ」
支援術師が詠唱を開始する。
「……自己責任だ。
スピード強化。パワー増幅。制御はしない」
足元に二重の術式円が展開する。
武闘家の筋肉が膨れ上がる。
空気が震えた。
しかし、二重強化の代償。
アセプトの防壁術式が、わずかに揺らぐ。
――薄い。
ほんの一瞬、防御の層が削れた。
ベラミカは見逃さない。
口元が吊り上がる。
「二人目、いただき――サンダー」
杖が閃く。
次の瞬間、蒼白の雷光が一直線に走った。
もともと足が震え、体勢を崩していたアセプトへ。
「ま、待――」
轟雷。
防壁を失った身体に、雷撃が直撃する。
白光が視界を塗り潰す。
衝撃に弾き飛ばされ、地を転がる。
足元に転移の術式が走った。
次の瞬間、アセプトの姿は掻き消える。
場外の転移陣が、遅れて閃いた。
観客席がどよめく。
二人目、脱落。
場外の転移陣が消える。
闘技場に残るのは、武闘家と支援術師の二人。
蒼い雷の残光が、まだ空気に焦げた匂いを残している。
武闘家のこめかみに血管が浮いた。
「……小娘が」
低い声。
拳が軋む。
「調子に乗るなよォ!!」
地面が砕ける。
強化された脚力で、武闘家が一気に踏み込む。
空気が爆ぜる。
さっきまでとは別物の速度。
セーニャの瞳が見開かれる。
「イヴァンス、時間を稼ぐのよ。
とっておきの“もの”を見せてあげるわ」
イヴァンスが即座に動く。
武闘家とベラミカの間へ、滑り込むように割って入った。
両者とも支援魔法でスピードは極限まで引き上げられている。
拳。
蹴り。
肘。
膝。
嵐のような連撃が叩き込まれる。
「チッ……!」
火花が散る。
イヴァンスは受け、流し、紙一重で躱す。
石畳が砕け、衝撃が腕を痺れさせる。
だが、退かない。
背後では――
ベラミカが静かに詠唱を始めていた。
セーニャは支援術師へ視線を固定する。
「邪魔はさせない――かまいたち!」
風刃が連なり、牽制の壁を作る。
支援術師は手を出せない。
そして。
ベラミカの手元に、黒い光が灯る。
炎ではない。
雷でもない。
光を吸い込むような、重い輝き。
空気が沈む。
観客席がざわめく。
「……なにをする気だ、小娘」
黒い光が渦を巻く。
空気が重く沈む。
呼吸が、わずかに詰まる。
武闘家の拳が振り抜かれた、その瞬間。
「逆位相魔法――リバースバフ!!」
黒が弾けた。
次の瞬間。
武闘家の全身を、闇が走る。
「なに――」
振り抜いたはずの拳が、重い。
踏み込んだ脚が、沈む。
筋肉が軋む。
血流が逆流するような違和感。
強化されたはずの力が、
裏返る。
「ぐっ……!?」
足元の二重術式が歪む。
《今よ!》
イヴァンスの目が光る。
ほんの一瞬。
だが、致命的な遅れ。
地を蹴る。
世界が引き延ばされる。
驚愕に見開かれた武闘家の瞳。
一閃。
狙いは急所ではない。
強化術式の核。
刃が触れた瞬間――
黒と赤が衝突する。
弾ける。
轟音。
制御を失った魔力が暴走する。
武闘家の身体が宙に浮く。
叩きつけられる。
石畳が砕ける。
静寂。
強化光が、音もなく消える。
武闘家は腕をつく。
だが、立てない。
膝が落ちる。
その瞬間。
足元に転移陣が展開する。
悔しげな舌打ち。
光。
姿が消える。
遅れて、場外の転移陣が閃いた。
――静寂。
次の瞬間。
闘技場が、爆発した。
勝負あり。




